積算価格と収益価格はなぜ食い違うのか。銀行が見る価格と市場が見る価格の使い分け

「この物件は積算が出ています」——収益物件の販売資料や仲介担当者の説明で、必ずと言っていいほど登場する言葉です。一方で、利回りだけを見て判断する投資家の方もいれば、両方の数字を突き合わせて「どちらが正しいのか分からなくなった」という方もいらっしゃいます。
実際、同じ物件でも積算価格が1億円、収益価格が7,000万円というように3割近く食い違うことは珍しくありません。この差は、どちらかが間違っているから生じるのではなく、測っているものが最初から違うから生じます。
本コラムでは、私たち鑑定士が実際に使う原価法と収益還元法の構造を分解し、2つの価格がずれる理由と、あなたが売買交渉・融資・出口のどの場面でどちらを根拠にすべきかを整理します。
積算価格とは何か——「作り直すといくらか」で測る価格
積算価格は、不動産鑑定評価基準における**原価法(Cost Approach)**によって求められる価格です。考え方はシンプルで、「いま同じものを作り直したらいくらかかるか」を計算し、そこから古くなった分を差し引きます。
計算式は「土地の価格+建物の再調達原価−減価修正額」に集約されます。
土地は取引事例から、建物は建築費から
土地部分は、周辺の取引事例や地価公示・都道府県地価調査といった公的指標を手がかりに単価を求め、面積を乗じます。実勢に近い数字が出やすい部分です。
問題は建物部分です。再調達原価(いま同じ建物を新築した場合の工事費)を求め、そこから経過年数に応じた減価を差し引きます。減価修正には物理的な劣化だけでなく、間取りが時代に合わないといった機能的陳腐化、周辺環境の変化による経済的減価も含めるのが鑑定評価基準の考え方です。
金融機関の「積算評価」は鑑定の積算価格と同じではない
ここで投資家の方が最も混乱しやすい点を、はっきりさせておきます。販売資料の「積算」と、鑑定評価書の積算価格は、別物であることがほとんどです。
金融機関が担保評価で用いる積算評価は、多くの場合、土地を相続税路線価(公示価格水準のおおむね8割の水準に設定されています)で、建物を「再調達価格の目安×延床面積×残存年数÷法定耐用年数」で機械的に計算します。法定耐用年数は税法上の区分で、鉄筋コンクリート造47年、重量鉄骨造34年、木造22年です。
これは貸す側が保守的に、かつ大量の案件を短時間で処理するために作った簡便法であって、不動産の経済価値を測る手続きではありません。鑑定評価の原価法は、実際の建築費水準、現地で確認した劣化状況、市場での通用性を踏まえて減価を判断します。同じ建物でも両者は一致しません。
「積算が出ている物件だから安全」という説明を受けたときは、その積算が誰の基準による、どの目的の数字なのかを確認してください。断言しますが、この確認を省くと価格の議論は最初から噛み合いません。
収益価格とは何か——「いくら稼ぐか」で測る価格
収益価格は、**収益還元法(Income Approach)**によって求められる価格です。その不動産が将来生み出す純収益を、投資家が求める利回りで割り戻して現在の価値に換算します。投資用不動産の鑑定評価では、この手法が価格判断の中心になります。
直接還元法:1年分の純収益を利回りで割る
最も基本的な形が直接還元法です。「価格=一期間の純収益÷還元利回り」で求めます。
ここでいう純収益は、満室想定の賃料収入から空室損・貸倒れを控除し、管理費、修繕費、公租公課、損害保険料などの運営費用を差し引いた後の金額です。表面利回りに使う年間賃料収入とは違い、実際に手元に残る収益力を表します。
DCF法:保有期間中のキャッシュフローと売却価格を積み上げる
もう一つがDCF法(Discounted Cash Flow法)です。保有期間(実務では5年から10年を置くことが多い手法です)の各年の純収益と、期間満了時の売却価格(復帰価格)を、それぞれ割引率で現在価値に割り戻して合計します。
賃料が段階的に下がる想定、大規模修繕を3年目に実施する想定など、時間の経過に伴う変動を織り込めるのがDCF法の強みです。築古物件では、直接還元法よりも実態に近い数字が出ます。
価格を支配しているのは利回りの水準
収益価格で決定的なのは、分母に置く還元利回りです。純収益が同じ500万円でも、還元利回りが4.0%なら1億2,500万円、5.0%なら1億円、6.0%なら約8,333万円。利回りが1ポイント動くだけで価格は2割前後変わります。
還元利回りは投資家の要求水準を反映して動きます。一般財団法人日本不動産研究所の第54回不動産投資家調査(2026年4月現在)では、東京・城南地区の賃貸住宅(ワンルームタイプ)の期待利回りは3.6%と、前回調査から0.1ポイント低下しました。都心の期待利回りは史上最低水準で推移しており、この水準が続く限り都心物件の収益価格は高く算出されます。
2つの価格がずれる3つの構造
では、なぜ食い違うのか。原因は大きく3つに整理できます。
| ずれの原因 | 積算価格への影響 | 収益価格への影響 |
|---|---|---|
| 土地値が高い都心立地 | 大きく押し上げる | 賃料が土地値ほど上がらず反応が鈍い |
| 建物の経過年数 | 年数に比例して減価 | 稼働していれば減価しにくい |
| 市場の利回り水準 | 影響しない | 利回り低下で価格が上昇 |
ずれ方には地域の傾向がある
都心部では土地単価が高い一方、賃料は地価ほどの倍率で上がりません。結果として積算価格が収益価格を上回る「積算超過」が起きやすくなります。逆に地方や郊外の築古アパートでは、土地値が低く建物も法定耐用年数を過ぎている一方、満室稼働して高い利回りを生んでいるため、収益価格が積算価格を上回ることがあります。
築古の木造アパートで「積算が出ないから融資が付かない」と言われるのは、この構造が背景にあります。物件が稼いでいないのではなく、金融機関の物差しでは建物価値がゼロに近づいているのです。
想定されるケースで数字を見る
具体的な数字で確認します。以下はすべて構造を説明するために抽象化した想定ケースであり、特定の物件や地域の推奨ではありません。
ケース1:都心のRC造マンション(築15年)
- 土地:150平方メートル、実勢の土地単価が1平方メートルあたり80万円 → 1億2,000万円
- 建物:延床450平方メートル、再調達原価が1平方メートルあたり30万円 → 1億3,500万円。経済的残存年数を考慮し40%減価 → 8,100万円
- 積算価格:合計2億100万円
- 年間純収益:780万円/還元利回り4.0% → 収益価格1億9,500万円
積算価格が収益価格をやや上回ります。都心の土地値の高さが積算を押し上げる典型で、市場では収益価格に近い水準で取引が成立しやすく、積算価格は「土地の含み」を示す指標として機能します。
ケース2:地方都市の木造アパート(築25年)
- 土地:400平方メートル、1平方メートルあたり6万円 → 2,400万円
- 建物:延床300平方メートル、再調達原価20万円 → 6,000万円。木造の法定耐用年数22年を超過しており、金融機関の積算評価では0円
- 金融機関ベースの積算評価:2,400万円
- 年間純収益:520万円/還元利回り8.0% → 収益価格6,500万円
収益価格が積算評価の2.7倍になりました。物件は十分に稼いでいますが、金融機関の物差しでは担保価値が土地だけになります。融資が伸びにくい理由がここにあります。
なお鑑定評価の原価法では、法定耐用年数ではなく経済的残存耐用年数で判断します。適切な維持管理がなされていれば、築25年の木造でも建物価値をゼロとはしません。
どちらを交渉根拠にすべきか
2つの価格の性格が分かれば、使い分けの答えも出てきます。
売買の指値には収益価格
収益物件の市場価格は、最終的に投資家の要求利回りで決まります。したがって指値の根拠は収益価格です。「レントロールは満室想定だが直近2年の平均稼働率は88%」「修繕積立が不足し5年以内に外壁工事で600万円が必要」といった事実を純収益に反映させれば、価格主張に具体的な裏付けが生まれます。
融資の場面では積算の弱点を先回りする
融資審査では金融機関の担保評価が優先されます。積算が出ない物件だと分かっているなら、稼働実績を示す資料を準備し担保評価の不足を補う説明を用意しておく——これが現実的な進め方です。鑑定評価書は判断材料を増やす資料であり、融資の可否を直接動かすものではありません。詳しくは銀行融資審査で鑑定評価書はどう使われるのかで整理しています。
出口では両方を見る
売却時には、買主が投資家なら収益価格、買主が土地の利用を目的とする実需・事業者なら土地値(積算のうち土地部分)が判断軸になります。保有期間中に建物価値が減る一方で土地値が上がっていれば、出口の買主像が入口と変わることもあります。
業者査定との違いも押さえる
なお、仲介会社が提示する査定価格は成約可能性を重視した営業上の見立てであり、鑑定評価基準に基づく価格判定とは性格が異なります(不動産鑑定評価と業者査定はなにが違うのか)。同族間売買や法人への移転など税務上の適正時価が問われる場面では、価格の根拠を書面で残す必要があります。具体的な税務の取扱いは税理士にご確認ください。
まとめ
積算価格と収益価格の食い違いは、異常ではなく構造です。積算価格は「作り直す費用」から、収益価格は「稼ぐ力」から価値を測っており、そもそも見ている対象が違います。
要点を振り返ります。
- 積算価格は原価法(土地価格+建物再調達原価−減価修正)で求める。販売資料の「積算」は金融機関の簡便法であることが多く、鑑定の積算価格とは別物である
- 収益価格は収益還元法(純収益÷還元利回り、またはDCF法)で求める。還元利回りが1ポイント動けば価格は2割前後変わる
- 都心は積算が収益を上回りやすく、地方の築古は収益が積算を上回りやすい
- 売買の指値は収益価格、融資は積算の弱点への先回り、出口は買主像に応じて両方を見る
- 金融機関の積算評価は法定耐用年数ベース、鑑定の原価法は経済的残存耐用年数ベースで判断が分かれる
1棟収益物件の取得を検討されている投資家の方、保有物件の価値を把握しておきたい方にとって、2つの価格を切り分けて読む力は交渉の質を直接左右します。販売資料の数字をそのまま受け取らず、その数字がどの手法で、誰の基準で作られたのかを確かめてください。
収益物件の適正価値を客観的に把握したい投資家の方は、顧問鑑定士サービス(月額5,500円)で、検討中の物件について積算と収益の両面から壁打ちを行っています。個別の鑑定評価や価格等調査報告書のご相談もあわせて承っておりますので、お気軽にお問い合わせください。


