不動産鑑定はいくらかかるのか。鑑定評価書と価格等調査報告書の違いを費用と用途で整理する

「鑑定を頼みたいのですが、いくらくらいですか」。投資家の方から最初にいただくご質問は、ほぼこの一言です。そしてお答えしようとすると、私たち鑑定士は必ず逆に質問を返します。その書面を、どこに出すのですか、と。
不動産鑑定士が価格について作成する書面には、大きく2種類あります。不動産鑑定評価基準に則って作成する「鑑定評価書」と、基準に則らずに行う調査の成果物である「価格等調査報告書」です。この2つは費用が倍以上違うことがあり、しかも用途によってはどちらか一方しか通用しません。用途を聞かずに金額だけをお答えするのは、行き先を聞かずに切符を売るようなものです。
本コラムでは、この2つの書面が制度上どう区別されているのか、費用がなぜ違うのか、投資家の場面ごとにどちらを選ぶべきかを整理します。特定の物件や商品を推奨するものではなく、依頼前の判断材料に徹します。
2つの書面は「基準に則っているか」で分かれる
鑑定評価書は、不動産鑑定評価基準に則った書面
不動産鑑定評価基準は、国土交通省が定める鑑定評価の拠り所です。原価法・取引事例比較法・収益還元法という3つの手法の適用方法、価格の種類の定義、実地調査の要否まで、手順が細かく決められています。この基準に則って作成された書面が鑑定評価書です。
鑑定評価書には「正常価格」「限定価格」「特定価格」といった価格の種類が明記され、どの手法をどう適用してその金額に至ったかが記載されます。第三者が読んで検証できる形式である点が最大の特徴で、だからこそ裁判所や税務署といった外部機関への説明資料として機能します。
価格等調査報告書は、基準に則らない調査の成果報告書
一方、鑑定評価基準に則らない形で価格を調査することも制度上認められています。その根拠が、国土交通省の「不動産鑑定士が不動産に関する価格等調査を行う場合の業務の目的と範囲等の確定及び成果報告書の記載事項に関するガイドライン」、通称「価格等調査ガイドライン」です。
このガイドラインは、基準に則らない価格等調査を行える場合を限定列挙しています。主なものは、調査結果が依頼者の内部における使用にとどまる場合、公表・開示・提出される場合でも利用者の判断に大きな影響を与えないと判断される場合、開示・提出先すべての承諾が得られた場合、基準に則ることができない場合、その他依頼目的等を勘案して合理的な理由がある場合です。
要するに、自分の意思決定に使う分には基準に則らない調査で足りるが、外部の第三者がその数字を信じて判断を下す場面では原則として使えない、という線引きです。
いわゆる簡易鑑定という商品名は、制度上存在しない
ここで用語の話をします。世間では基準に則らない調査をいわゆる簡易鑑定と呼ぶことがありますが、私たち鑑定士はこの呼び方を使いません。公益社団法人日本不動産鑑定士協会連合会の実務指針は、基準に則らない調査の成果報告書のタイトルに「鑑定」「評価」という語を用いないよう求めているためです。価格の表題も「鑑定評価額」ではなく「調査価格」と表記します。
名称の問題は形式的な話ではありません。「鑑定」という語がついた書面は、読む側に基準に則った検証可能性を期待させます。その期待と中身のずれを避けるための規律です。見積書にいわゆる簡易鑑定といった商品名が並んでいたら、それが何に則った調査なのかを確認してください。
用途別に、どちらが必要かを整理する
投資家が価格の書面を必要とする場面は、おおむね次の4つに分かれます。
| 場面 | 必要な書面 | 理由 |
|---|---|---|
| 買付前の自己判断・指値の根拠づくり | 価格等調査報告書で足りることが多い | 利用者が自分自身に限られる |
| 金融機関への提出・法人の稟議資料 | 鑑定評価書 | 第三者が判断材料として用いる |
| 税務申告の添付資料 | 鑑定評価書 | 課税庁による検証に耐える必要がある |
| 訴訟・調停・共有物分割 | 鑑定評価書 | 裁判所と相手方が判断材料として用いる |
外部に出す予定があるなら、最初にそう伝える
実務上いちばん多い行き違いがこれです。「とりあえず安いほうで」と価格等調査報告書を依頼し、後から金融機関に提出したくなる、というケースです。
価格等調査ガイドラインは、成果報告書に依頼目的と利用者の範囲を記載させ、あわせて利用者の範囲を事後的に拡大する場合には鑑定士の承諾が必要である旨も記載させています。後から「やはり銀行に出したい」となっても自動的には使えません。そして基準に則らない調査を、後から基準に則った鑑定評価書へ格上げすることもできません。作り直しになります。提出先が少しでも想定されるなら、見積依頼の段階でその旨をお伝えください。
融資の場面では、鑑定評価書も万能ではない
ひとつ付け加えます。鑑定評価書を金融機関に提出しても、その金額どおりに融資が出るわけではありません。金融機関は独自の担保評価基準で審査を行い、可否と条件はあくまで金融機関の判断です。鑑定評価書の役割は、物件の収益力と価格の根拠を客観的な形で示し、審査の土俵に乗せることにあります。この論点は銀行の評価額が売買価格に届かないのはなぜかで整理しています。
費用はなぜ違うのか
費用の目安
当事務所の場合、正式な鑑定評価書は30万円から、顧問鑑定士サービスの会員価格で20万円から(いずれも税別)としています。価格等調査報告書は対象と調査範囲によりますが、10万円台からが目安です。
倍以上の開きがありますが、これは書面の厚さの違いではありません。作業量そのものが違います。
価格差を生む3つの要素
第一に、実地調査の有無です。基準に則る場合、実地調査は原則として必須です。価格等調査では、調査範囲等条件として「個別的要因全般を机上調査の範囲による」と設定し、合理的な理由を付したうえで現地に赴かない形も認められます。その場合は成果報告書にその旨を記載します。遠方の物件ほど、この差は費用に直結します。
第二に、適用する手法の数です。基準に則る場合、複数の手法を適用し、それぞれの試算価格を調整して結論を導きます。価格等調査では取引事例比較法のみを適用する形も選べますが、その場合は成果報告書に「取引事例比較法を適用した価格等調査」のように用いた方法を明記します。
第三に、事例収集の範囲です。取引事例や賃貸事例の収集・検証は、鑑定評価の工数のなかで大きな比重を占めます。基準に則る場合は事例の選択理由まで説明できる状態にしておく必要があり、収集する母数が増えます。なお、複数手法の試算価格が食い違う理由そのものは積算価格と収益価格はなぜ食い違うのかで整理しています。
想定されるケース:費用と効果を並べて考える
具体的に考えてみます。打診価格1億2,000万円の1棟マンションを検討している投資家の方を想定します。
買付前の段階では、まず価格等調査報告書で収益価格を押さえる選択があります。仮に費用15万円で調査し、収益価格が1億1,000万円と算出されたとします。この数字を根拠に指値交渉を行い500万円の減額が通れば、調査費用に対する効果は30倍を超えます。もちろん減額が通る保証はなく、逆に「妥当」という結論が出れば、それは見送らない理由になります。
融資の場面では計算の性質が変わります。1億円を35年・元利均等で借り入れる場合、適用金利が年2.6%から2.4%へ0.2ポイント下がると、総返済額は約1億5,241万円から約1億4,791万円へ、およそ450万円小さくなります。鑑定評価書の費用が30万円台であることを踏まえれば、金利交渉の材料として機能した場合の効果は小さくありません。ただし繰り返しますが、金利は金融機関が決めるものであり、鑑定評価書の提出が条件改善を約束するものではありません。融資局面での使い方は銀行融資審査で鑑定評価書はどう使われるのかでも触れています。
依頼する前に、確認しておきたいこと
確認書で目的と範囲を固める
私たち鑑定士は、価格等調査を受任する際、「業務の目的と範囲等の確定に係る確認書」を契約締結までに依頼者へ交付します。ここに依頼目的、利用者の範囲、価格の種類または調査価格の性格、条件設定、基準との相違点を書き込みます。
この確認書は依頼者にとっても意味があります。何のためにいくら払って何を受け取るのかが、着手前に文書で確定するからです。交付されない場合は求めてください。
条件設定の中身を読む
「現況は賃貸中だが更地としての価格を知りたい」といった依頼は成り立ちますが、現況と異なる条件を設定した場合、その旨が調査価格の近くに注意喚起として記載されます。条件が違えば金額も違います。書面の金額だけを見て条件を読み飛ばさないでください。
税務・法務の判断は専門家へ
相続税や法人税の申告で価格の書面を用いる場合、どの書面がどこまで有効かは個別の事情で変わります。具体的な取扱いは税理士にご確認ください。訴訟・調停での証拠としての扱いは弁護士にご確認ください。私たち鑑定士がお答えできるのは、その用途に耐える書面はどちらかという点までです。
まとめ
鑑定評価書と価格等調査報告書は、グレードの上下ではありません。外部の第三者が判断材料に使うかどうかで、制度上使える書面が決まります。費用から選ぶのではなく、提出先から逆算して選ぶ。これが唯一の正しい順序だと断言します。
要点を振り返ります。
- 鑑定評価書は不動産鑑定評価基準に則った書面で、価格の種類と手法の適用過程が記載され、第三者による検証に耐える
- 価格等調査報告書は価格等調査ガイドラインに基づく調査の成果物で、内部使用など限定された場面で用いる。いわゆる簡易鑑定という名称は用いない
- 金融機関への提出、税務申告、訴訟・調停では鑑定評価書が必要になる。買付前の自己判断であれば価格等調査報告書で足りることが多い
- 利用者の範囲を後から広げるには鑑定士の承諾が必要で、基準に則らない調査を後から鑑定評価書へ格上げすることはできない
- 費用差は実地調査の有無、適用手法の数、事例収集の範囲から生じる。当事務所では鑑定評価書30万円から(会員価格20万円から)、価格等調査報告書10万円台からが目安
購入判断のたびに価格の根拠を確かめたい投資家の方と、ここぞという場面で外部に出せる書面を用意したい投資家の方とでは、必要なものが違います。ご自身の次の一手がどちらの場面なのかを、まず見定めてください。
収益物件の適正価値を客観的に把握したい投資家の方は、顧問鑑定士サービス(月額5,500円・税込)で、検討中の物件についてどの書面が必要かの整理を含めた壁打ちを行っています。鑑定評価書・価格等調査報告書のいずれについてもお見積りを承っておりますので、用途をお聞かせいただければ最適な形をご提案します。お気軽にお問い合わせください。


