銀行の評価額が売買価格に届かないのはなぜか。担保評価が伸びない3つの理由と鑑定評価書の使いどころ

「売買価格8,000万円の物件なのに、銀行の評価は5,000万円台だと言われました」。融資特約の期限が迫ったタイミングで、こうしたご相談をいただきます。多くの方がまず疑うのは「この物件、高値づかみなのではないか」という点です。
しかし、担保評価が売買価格に届かないことと、その物件が割高であることは、まったく別の話です。両者を混同すると、本来は自己資金や金融機関の選び方で解ける問題を「物件が悪い」と誤診してしまいます。逆に、本当に割高な物件を「評価が出ないのは銀行の計算方法のせいだ」と片付けてしまう危険もあります。
本コラムでは、私たち鑑定士が、銀行の担保評価が売買価格に届かない仕組みを土地・建物・掛け目という3つの要因に分解します。そのうえで、第三者の鑑定評価書が交渉材料になる場面と、率直に言ってならない場面を切り分けます。投資判断をおすすめするものではなく、価格と評価の根拠をどう読むかに徹します。
「評価が出ない」とき、銀行は何を計算しているのか
担保評価は「いくらで売れるか」の査定ではない
まず押さえていただきたいのは、金融機関の担保評価が市場で成立する価格を当てにいくものではない点です。その目的は、万一の回収局面で確実に換価できる金額を保守的に見積もることにあります。目的が違えば答えが違って当然です。
多くの金融機関は、土地を相続税路線価などの公的価格で、建物を再調達価格に残存年数割合を乗じた金額で機械的に計算します。いわゆる積算評価です。この方法は担当者による差が出にくく、大量の案件を同じ物差しで処理できる反面、その物件がいくらの賃料を生んでいるかという情報がほとんど反映されません。
市場価格は上がっているが、公的価格は後から追いかける
2026年は、この構造による差が開きやすい年です。国土交通省が2026年3月17日に公表した令和8年地価公示では、全用途の全国平均が前年比2.8%上昇、商業地は4.3%上昇と5年連続の上昇となり、国税庁が同年7月1日に公表した令和8年分の路線価も全国平均で2.9%上昇しています。
つまり地価は上昇局面にあります。それでも担保評価が伸びにくいのは、公的価格そのものが時価より低い水準に設定され、価格時点も過去に置かれているためです。市場が動いた分だけ評価が動くわけではありません。
理由1:土地は「時価の8割」から計算が始まる
相続税路線価は公示価格のおおむね8割水準
相続税路線価は、国税庁が毎年1月1日を価格時点として評価し、7月1日に公表するもので、地価公示価格のおおむね80%の水準に設定されています。これは相続税・贈与税の課税における安全性を考慮した設定です。
したがって、路線価をそのまま土地の担保評価に使えば、出発点で時価の2割が削られます。時価3,000万円相当の土地は、路線価ベースでは2,400万円前後にしかなりません。物件の良し悪しとは無関係に、計算方法から生じる目減りです。
価格時点が最大1年半前という時差
もう一点見落とされやすいのが、時差です。2026年7月に公表された路線価の価格時点は2026年1月1日です。それを2026年秋から2027年6月まで使い続けることになります。地価が年3%前後で上昇している局面では、この時差だけで数%の開きが生まれます。
上昇局面では担保評価が実勢に追いつかず、下落局面では逆に評価が実勢より高く残ります。断言しますが、これは金融機関の判断ではなく制度上のタイムラグです。担当者と交渉して縮まる性質のものではありません。
理由2:建物は収益ではなく「経過年数」で減っていく
法定耐用年数の残存割合という物差し
建物の担保評価は、再調達価格(いま同じ建物を新築した場合の建築費の目安)に、法定耐用年数に対する残存年数の割合を乗じて求めるのが一般的です。法定耐用年数は減価償却資産の耐用年数等に関する省令の別表第一で定められ、住宅用の場合、鉄筋コンクリート造は47年、金属造で骨格材の肉厚が4ミリメートルを超えるものは34年、木造は22年です。
ここで決定的なのは、この計算に賃料も稼働率も入ってこないことです。満室で安定稼働している築25年の鉄筋コンクリート造マンションも、空室だらけの築25年も、建物評価は同じ金額になります。市場では前者のほうが高く取引されるのに、担保評価では区別されません。
残存年数は融資期間にも効いてくる
多くの金融機関は、融資期間の目安を建物の残存年数と結びつけています。残存年数が短ければ返済期間も短くなり、年間の元利返済額が増えます。評価額が低いだけでなく返済余力の判定まで厳しくなる二重の影響が出ます。築古物件で「評価も出ないし期間も出ない」と言われるのは、同じ一つの数字が2か所に効いているためです。
なお、中古資産の税務上の耐用年数には同省令第3条の簡便法がありますが、これは減価償却の計算ルールであって、担保評価や融資期間の設定とは別の話です。減価償却の具体的な取扱いは税理士にご確認ください。
理由3:出した評価額に、さらに掛け目がかかる
評価額の満額が融資されるわけではない
3つ目は、評価そのものではなく与信方針の問題です。金融機関は算出した担保評価額に一定の掛け目を乗じ、その範囲内で融資額を決めます。掛け目の水準は金融機関ごと、時期ごとの融資姿勢によって変わります。
重要なのは、掛け目が物件の属性ではなく貸し手の方針で決まる点です。同じ物件を同じ方法で評価しても、金融機関が変われば結論が変わります。「A行では評価が出なかったがB行では出た」という現象の多くは、評価の巧拙ではなくこの方針差に由来します。
3つを重ねると、差額はこう分解できる
以下は構造を説明するために抽象化した想定ケースです。特定の物件・地域・金融機関を推奨するものではありません。
売買価格8,000万円、土地150平方メートル(路線価18万円/平方メートル)、建物は鉄筋コンクリート造・延床300平方メートル・築22年、再調達価格の目安を1平方メートルあたり25万円とします。
| 項目 | 計算の考え方 | 評価額 |
|---|---|---|
| 土地 | 18万円 × 150平方メートル | 2,700万円 |
| 建物 | 再調達7,500万円 × 残存25年/47年 | 約3,990万円 |
| 積算評価の合計 | 土地+建物 | 約6,690万円 |
| 掛け目80%適用後 | 6,690万円 × 80% | 約5,350万円 |
売買価格との差は約2,650万円です。この差がどこから来ているのかを分解します。土地の時価は路線価を0.8で割り戻して約3,375万円、建物の時価相当は売買価格から土地時価を控除して約4,625万円と置きます。
| 差額の要因 | 金額 | 差額全体に占める割合 |
|---|---|---|
| 土地を路線価水準で見ること | 約675万円 | 約25% |
| 建物を残存年数で見ること | 約635万円 | 約24% |
| 掛け目による控除(20%) | 約1,340万円 | 約51% |
注目していただきたいのは、差額の半分が掛け目から生じている点です。物件の中身ではなく貸し手の方針が最大の要因なのです。この分解ができていれば、「物件が割高だから評価が出ない」という結論に飛びつかずに済みます。土地と建物の価格が食い違う構造そのものについては積算価格と収益価格はなぜ食い違うのかで整理しています。
鑑定評価書は、どこで効いてどこで効かないのか
率直に言って、効きにくい場面
まず期待しすぎないほうがよい場面を挙げます。金融機関が自行の評価規程に従って担保評価を行っている場合、外部の鑑定評価書を提出したからといって担保評価額が書き換わることは通常ありません。掛け目や融資期間の設定も、与信方針である以上は外部の価格意見で動きません。
「鑑定評価書を取れば融資額が増える」という説明を見かけることがありますが、断言します。そのような保証はありません。担保評価の物差しを外部から差し替える力は、鑑定評価書にはないのです。
補助線として機能しうる場面
一方で、価格の根拠を書面で持っていることが効く場面は確かにあります。典型的には次のようなケースです。
- 積算評価は伸びないが賃料が堅い物件について、収益性の側から価格の合理性を説明する材料が必要なとき
- 個人保有から資産管理法人へ移す、あるいは親族間で売買するなど、価格の妥当性そのものが問われるとき(税務上の取扱いは税理士にご確認ください)
- 借換えや追加融資で、既存保有物件の担保余力を自分の側から把握しておきたいとき
- 売主の希望価格に対して、修繕費や賃料水準を踏まえた指値の根拠を組み立てたいとき
いずれも、鑑定評価書が担保評価を置き換えるのではなく別の土俵で議論を成立させている点で共通します。融資の場面での使われ方は銀行融資審査で鑑定評価書はどう使われるのかを、金利環境の変化が審査基準に与える影響は金利上昇で銀行の担保評価はどう変わるのかをご参照ください。
まとめ
銀行の評価額が売買価格に届かないのは、多くの場合その物件が割高だからではありません。担保評価が、時価を当てにいくのとは別の目的で組み立てられた計算体系だからです。
要点を振り返ります。
- 担保評価は換価可能性を保守的に見積もる計算であり、市場価格の査定ではない
- 理由1:土地は地価公示のおおむね8割水準である路線価から計算が始まり、価格時点も最大1年半前になる
- 理由2:建物は法定耐用年数(住宅用で鉄筋コンクリート造47年、木造22年)の残存割合で減り、賃料や稼働率は反映されない。残存年数は融資期間にも効く
- 理由3:算出した評価額にさらに掛け目がかかる。掛け目は物件ではなく貸し手の与信方針で決まる
- 想定ケースでは、売買価格8,000万円との差額約2,650万円のうち約51%が掛け目に由来し、路線価要因が約25%、建物の残存年数要因が約24%だった
- 鑑定評価書は担保評価の物差しを差し替えるものではないが、収益性の説明、同族間売買の価格の妥当性、担保余力の把握、指値の根拠づくりでは補助線になりうる
融資が伸びず買付を見送るか迷っている方にいま必要なのは、届かなかった差額がどの要因から生じたかを分解することです。掛け目が原因なら金融機関を変える余地があり、残存年数が原因なら融資期間と返済計画の問題、路線価水準が原因なら全物件に等しくかかる制度的な差です。原因が違えば打つ手も変わります。
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