直接還元法とDCF法は何が違うのか。還元利回りと割引率の関係を数値例で整理する

収益物件の鑑定評価書を初めて手にした投資家の方から、決まって同じ質問をいただきます。「収益価格は分かったのですが、直接還元法とDCF法の2つが書いてあって、どちらを見ればいいのですか」。
もっともな疑問です。この2つは同じ収益還元法という枠組みの中にある技法ですが、前提の置き方がまったく違います。そして前提が違えば、同じ物件でも出てくる価格は1割から2割ずれます。どちらが正しいかという問題ではなく、どちらが何を測っているのかを知らないまま数字だけを比べると、判断を誤ります。
本コラムでは、私たち鑑定士が実際に使う直接還元法とDCF法の構造を分解し、同一物件に両方を当てはめた数値例で価格がどう動くかを示します。還元利回りと割引率の関係、そして販売資料に載っている「利回り」がどちらとも別物である理由まで整理します。
収益還元法は「稼ぐ力から価格を逆算する」手法
まず土台を確認します。収益還元法(Income Approach)は、対象不動産が将来生み出す収益を基準に価格を求める手法です。不動産鑑定評価基準は、賃貸用不動産または賃貸以外の事業に供する不動産の価格を求める場合に、この手法が特に有効であるとしています。
出発点は純収益。表面利回りの分子とは違う
収益還元法の出発点は純収益(NOI=Net Operating Income、運営純収益)です。ここを取り違えると、以降の計算がすべてずれます。
純収益は、満室想定の賃料収入から空室損・貸倒れ損失を控除した有効総収益を出し、そこから運営費用(建物管理費、修繕費、プロパティマネジメントフィー、公租公課、損害保険料など)を差し引いた金額です。
一方、販売資料の表面利回りは「満室想定の年間賃料収入÷販売価格」です。分子が運営費用を引く前の数字なので、純収益ベースの利回りより必ず高く出ます。運営費用が有効総収益の20%から30%を占めることを踏まえると、表面利回り8%の物件の実力は6%前後です。この差を理解しないまま「利回り8%なら還元利回り5%で計算して割安」と判断するのは、単位の違う数字を比べているのと同じです。
賃料収入そのものの信頼性についてはレントロールのどこを疑うべきか。列ごとの見方と、想定賃料の差が1棟価格に効く仕組みで詳しく整理しています。純収益の精度は、元になるレントロールの精度を超えません。
2つの技法は「時間をどう扱うか」で分かれる
収益還元法には、直接還元法とDCF法(Discounted Cash Flow法)という2つの技法があります。違いを一言でいえば、時間の経過を価格に織り込むかどうかです。
直接還元法は、ある一期間の純収益を代表値として使い、それを利回りで割ります。時間の変動は利回りの中に丸め込まれます。DCF法は、保有期間中の各年の純収益と期間満了時の売却価格を、それぞれ現在価値に割り戻して足し上げます。何年目にいくら入るかを明示的に扱います。
直接還元法——1年分の純収益を還元利回りで割る
計算式は極めてシンプル
直接還元法の算式は「収益価格=一期間の純収益÷還元利回り」です。純収益800万円、還元利回り5.0%なら、収益価格は1億6,000万円になります。
シンプルですが、この式には強い前提が隠れています。「この純収益が将来にわたっておおむね継続する」という前提です。賃料が下がるかもしれない、大規模修繕が控えているかもしれない——そうした事情は、すべて還元利回りの水準を上下させることで調整するしかありません。
還元利回りはどこから持ってくるのか
還元利回りは、鑑定実務では複数の方法で検証します。類似不動産の取引事例から純収益と取引価格の比率を求める方法、借入金と自己資金の構成から導く方法、金融資産の利回りに不動産固有のリスクを加算する方法などです。
市場水準の目安としては、一般財団法人日本不動産研究所の第54回不動産投資家調査(2026年4月現在)が参考になります。同調査では、東京・城南地区の賃貸住宅の期待利回りは、ワンルームタイプ3.6%、ファミリータイプ3.7%と、いずれも前回調査から0.1ポイント低下しました。賃貸住宅の期待利回りは全国主要都市で史上最低水準が続いており、一部都市では最低値を更新しています。
ただしこれは機関投資家が対象とする優良物件の水準です。個人投資家が取得する築古物件や地方物件では、これより数ポイント高い還元利回りが妥当になります。調査結果の数字をそのまま自分の物件に当てはめてはいけません。
直接還元法が向く物件・向かない物件
収益が安定していて、当面大きな変動要因がない物件では、直接還元法は素直に機能します。逆に、次のような物件では単独では実態を捉えきれません。
| 物件の状況 | 直接還元法の弱点 |
|---|---|
| 近く大規模修繕を控える | 一時的な多額支出を織り込めない |
| 賃料が段階的に下がる築古 | 純収益の逓減を表現できない |
| 空室が多く稼働が安定しない | 代表値としての純収益を決めにくい |
| 定期借家で数年後に契約終了 | 契約満了後の変化が見えない |
DCF法——保有期間のキャッシュフローと復帰価格を割り引く
構造は「各年の純収益の現在価値」+「売却価格の現在価値」
DCF法は、保有期間(実務では5年から10年を置くことが多い設定です)を定め、各年の純収益を割引率で現在価値に割り戻し、さらに保有期間満了時点の売却価格である復帰価格を同じ割引率で割り戻して、すべてを合計します。
復帰価格は「保有期間満了の翌年の純収益÷最終還元利回り」で求め、そこから売却に要する費用を控除するのが一般的です。最終還元利回り(ターミナルキャップレート)は、売却時点で物件がさらに古くなっていることを反映し、現在の還元利回りより高めに設定されます。
割引率と還元利回りは、似て非なる数字
ここが最も誤解の多い部分です。割引率と還元利回りは、どちらもパーセントで表され水準も近いため混同されがちですが、意味が違います。
還元利回りは、純収益の変動予測とその不確実性を、あらかじめ織り込んだ利回りです。将来の賃料下落が見込まれるなら、還元利回りはその分高めになります。一方の割引率は、将来のお金を現在価値に換算するための率で、複数期間にわたる純収益や復帰価格の変動予測は分子のキャッシュフローの側で表現するため、その分が率から除かれます。
不動産鑑定評価基準運用上の留意事項は、割引率との関係から還元利回りを求める方法として「還元利回り=割引率−純収益の変動率」という関係を示しています。したがって、純収益が将来にわたって減っていく想定(変動率がマイナス)なら、還元利回りは割引率より高くなります。逆に賃料上昇が見込める立地では、還元利回りが割引率を下回ります。
もっとも実務では、両者は別々の資料と方法で検証されるため、必ずしもこの式どおりの差にはなりません。重要なのは、2つの率が同じものではなく、どちらの数字をどちらの技法に使っているかを区別して読むという点です。
証券化対象不動産ではDCF法の適用が義務づけられている
不動産鑑定評価基準の各論第3章(証券化対象不動産の価格に関する鑑定評価)第5節は、証券化対象不動産の収益価格を求めるにあたってはDCF法を適用しなければならないと定め、あわせて直接還元法を適用して検証を行うことが適切であるとしています。
J-REITや私募ファンドが取得する物件の鑑定評価書でDCF法が必ず登場するのは、この規定が背景にあります。個人投資家が取得する物件では義務ではありませんが、築古物件や修繕計画が具体化している物件では、DCF法を併用したほうが実態に近い数字になります。
数値例:同じ物件に2つの技法を当てはめる
以下はすべて、技法の構造を説明するために抽象化した想定されるケースであり、特定の物件や地域を推奨するものではありません。
前提条件
- 満室想定賃料収入:年1,200万円
- 空室・貸倒れ損失:5%(60万円)→ 有効総収益1,140万円
- 運営費用:年340万円
- 初年度の純収益:800万円
- 還元利回り:5.0%/割引率:4.8%/最終還元利回り:5.3%
- 保有期間:5年、売却費用は復帰価格の3%
- 純収益は毎年1%程度逓減し、3年目に外壁・防水の大規模修繕500万円を実施する想定
純収益が逓減する想定なので、還元利回り5.0%は割引率4.8%より高く置いています。最終還元利回りは、5年後に建物がさらに古くなることを反映して5.3%としました。
直接還元法による収益価格
800万円÷5.0%=1億6,000万円。計算はこれで終わりです。大規模修繕も賃料の逓減も、5.0%という利回りの中に含まれている建前になります。
DCF法による収益価格
各年の純収益と、割引率4.8%で割り戻した現在価値は次のとおりです。
| 年次 | 純収益 | 現在価値 |
|---|---|---|
| 1年目 | 800万円 | 763万円 |
| 2年目 | 792万円 | 721万円 |
| 3年目 | 284万円(修繕500万円控除後) | 247万円 |
| 4年目 | 776万円 | 643万円 |
| 5年目 | 768万円 | 608万円 |
5年間のキャッシュフローの現在価値合計は2,982万円です。
次に復帰価格です。6年目の純収益を760万円と見込み、最終還元利回り5.3%で割ると1億4,340万円。売却費用3%を控除して1億3,909万円、これを5年分割り戻すと現在価値は1億1,003万円になります。
合計すると、DCF法による収益価格は1億3,985万円。直接還元法の1億6,000万円より約2,000万円、率にして13%低い水準です。
差はどこから生まれたのか
差の大部分は、3年目の大規模修繕500万円ではありません。修繕の現在価値インパクトは434万円程度です。差の主因は、復帰価格の計算に使った最終還元利回りを、現在の還元利回りより0.3ポイント高い5.3%に置いたことにあります。
試しに最終還元利回りを4.8%に置き直すと、DCF法の収益価格は1億5,131万円まで上がります。小数点以下の率を一つ動かすだけで1,100万円以上動くということです。
DCF法の数字は緻密に見えますが、緻密さの正体は前提の多さです。鑑定評価基準が、DCF法の適用にあたって活用した資料の妥当性や判断の根拠を鑑定評価報告書に記載しなければならないと求めているのは、この前提の置き方こそが価格を決めるからにほかなりません。
投資家が押さえるべき3つの着眼点
数字より先に「前提の出どころ」を読む
鑑定評価書でも販売資料の収支シミュレーションでも、DCF法の表が付いていたら、まず割引率・最終還元利回り・保有期間・賃料変動率の4つを探してください。この4つが書かれていない、あるいは根拠の説明がない資料は、結論の数字だけを信じるに足りません。
とくに売主側が作成した資料では、賃料を横ばい、修繕費をゼロ、最終還元利回りを現在と同水準に置いた「最も価格が高く出る前提」が採用されていることがあります。現行賃料の実力を疑う視点はオーナーチェンジ物件の利回りは本当に実力か。現行賃料の盛りを見抜き、収益価格を引き直す3つの検証にまとめました。
2つの技法の差は「物件の時間的な性格」を映す
直接還元法とDCF法の価格が大きく開く物件は、時間の経過による変化が大きい物件です。築古で修繕が控えている、賃料が市場水準より高止まりしている、大口テナントの契約満了が近い——こうした事情があるほど差は開きます。
逆に差が小さければ、その物件は収益が安定しているという読み方ができます。2つの価格の開きそのものが、物件の性格を示す情報です。
積算価格との関係も忘れない
収益還元法の2技法が出そろっても、それは価格の一面にすぎません。金融機関の担保評価は原価法系の積算評価で動くため、収益価格が高くても融資が伸びないことがあります。この構造は積算価格と収益価格はなぜ食い違うのか。銀行が見る価格と市場が見る価格の使い分けで整理しています。売買交渉は収益価格、融資は積算評価という二正面で準備するのが現実的です。
なお、売却損益や減価償却に関する取扱いは投資判断に直結しますが、個別の税務については税理士にご確認ください。契約条項の解釈が絡む場面では弁護士にご確認ください。
まとめ
直接還元法とDCF法は、優劣ではなく役割の違いです。直接還元法は「安定した稼ぎ」を一つの利回りで価格に換算する手法、DCF法は「時間の経過に伴う変化」を明示的に積み上げる手法であり、両者の差はその物件が抱える時間的な不確実性の大きさを映します。
要点を振り返ります。
- 収益還元法の出発点は純収益であり、販売資料の表面利回りの分子(満室想定賃料収入)とは別物である
- 直接還元法は「純収益÷還元利回り」。変動要因はすべて利回りの水準に丸め込まれる
- DCF法は各年の純収益と復帰価格を割引率で現在価値に換算して合計する。「還元利回り=割引率−純収益の変動率」の関係にあり、純収益が減る想定なら還元利回りが割引率を上回る
- 想定ケースでは、同一物件で直接還元1億6,000万円に対しDCF法1億3,985万円と13%の差が出た。差の主因は大規模修繕ではなく、最終還元利回りの置き方であった
- 証券化対象不動産では鑑定評価基準各論第3章第5節によりDCF法の適用が義務づけられ、直接還元法による検証が適切とされている
- DCF法の資料を読むときは、割引率・最終還元利回り・保有期間・賃料変動率の4つの前提を必ず確認する
1棟収益物件の取得を検討されている投資家の方、保有物件の価値を定期的に把握しておきたい方にとって、収益価格の「中身」を読む力は、売主側が示す数字を鵜呑みにしないための最も確実な防具です。利回りという一つの数字の裏に、どんな前提が置かれているのかを確かめてください。
収益物件の適正価値を客観的に把握したい投資家の方は、顧問鑑定士サービス(月額5,500円)で、検討中の物件について直接還元法とDCF法の両面から前提の妥当性を一緒に検証しています。個別の鑑定評価や価格等調査報告書のご相談もあわせて承っておりますので、お気軽にお問い合わせください。


