キャップレートの推移は売り時のサインか。収益物件を利回りではなく価格で判断する方法を鑑定士が数値で整理する

「キャップレートの推移を見ると、まだ利回りは低い水準にある。いまが売り時なのだろうか」。収益物件を保有するオーナーの方なら、一度はこう考えたことがあるのではないでしょうか。日本銀行が利上げを重ねるなかで、利回りの上昇、つまり価格の下落を心配される方が多いのだと思います。
先に結論を申し上げます。キャップレート(還元利回り。1年分の純収益から価格を求めるときに使う利回り)の推移は、それだけでは売り時を教えてくれません。売り時の判断に使うべきなのは利回りではなく、利回りの変化をあなたの物件の価格に置き換えた金額と、保有を続けた場合に得られる金額の比較です。
本コラムでは、私たち鑑定士が収益価格を求めるときの考え方に沿って、キャップレートと価格の関係、一次情報での推移の読み方、そして「何ポイント上がったら売るべきだったことになるのか」という損益分岐の出し方を、想定されるケースの数値で整理します。
キャップレートと収益物件の価格の関係
価格は「純収益÷還元利回り」で決まる
収益物件の価格は、直接還元法では次の式で求めます。
収益価格=1年分の純収益÷還元利回り
純収益(NOI。賃料収入から空室損失と運営費用を差し引いた金額)が同じでも、分母の還元利回りが上がれば価格は下がり、下がれば価格は上がります。不動産鑑定評価基準(総論第7章第1節Ⅳ 収益還元法)は、還元利回りを「将来の収益に影響を与える要因の変動予測と予測に伴う不確実性を含むもの」と位置づけ、金融市場における運用利回りの動向に留意すべきことも定めています。金利が動けば利回りが動き、利回りが動けば価格が動く。この連動が、オーナーの方が利回りの推移を気にされる理由です。
なお、販売資料の表面利回りと還元利回りは別物です。違いは表面8%の物件は、鑑定では何%になるのか。表面利回り・NOI利回り・還元利回りの使い分けで整理しています。
利回り0.3ポイントで価格はいくら動くか
想定されるケースで感覚をつかみます。首都圏郊外の1棟RCマンション(鉄筋コンクリート造)、築18年、年間純収益660万円、還元利回り5.5%とすると、現在の価格は1億2,000万円です。
| ケース | 純収益 | 還元利回り | 価格 |
|---|---|---|---|
| 現在 | 660万円 | 5.5% | 1億2,000万円 |
| 利回りだけ0.3pt上昇 | 660万円 | 5.8% | 1億1,379万円 |
| 純収益だけ3%減少 | 640万円 | 5.5% | 1億1,640万円 |
| 両方が起きた場合 | 640万円 | 5.8% | 1億1,038万円 |
純収益が横ばいでも、利回りが0.3ポイント上がるだけで約620万円下がります。純収益3%の減少よりも、利回り0.3ポイントの上昇のほうが価格への影響は大きいのです。
利回りが「低い」ことは、売り時の十分条件ではない
ただし、この表から「利回りが低い今のうちに売るべきだ」とは言えません。売却すれば、その後の賃料収入はなくなります。売り時の判断は、今売る価格と、保有を続けて得る収入+将来の売却価格の比較で決まるものであり、利回りの水準そのものでは決まらないと断言します。
キャップレートの推移を一次情報で読む
不動産投資家調査で市場の方向をつかむ
市場全体の利回りの推移を追う代表的な一次情報が、一般財団法人日本不動産研究所の「不動産投資家調査」です。毎年4月と10月時点で調査され、結果はおおむね翌月下旬に公表されます。
第54回調査(2026年4月現在)によれば、賃貸住宅一棟の期待利回り(投資家が新規投資で求める利回り)は、東京・城南でワンルームタイプ3.6%、ファミリータイプ3.7%と、いずれも前回(2025年10月現在)から0.1ポイント低下しました。地方都市ではワンルームタイプで0.1ポイント低下した地区があり(札幌4.9%、横浜4.2%、大阪4.2%など)、ファミリータイプは全調査地区で横ばいでした。
金利の動きと「時間差」に注意する
日本銀行は2026年6月16日に無担保コールレート(オーバーナイト物)の誘導目標を1.0%程度へ、9月18日には1.25%程度へ引き上げました。一方、上記の第54回調査は4月時点のものであり、6月以降の利上げはまだ反映されていません。公表データは常に数か月前の市場を映していることを前提に読む必要があります。
金利上昇が利回りにどこまで波及するかは、私たち鑑定士も予測しません。言えるのは、還元利回りが金融市場の利回りと密接に関連する以上、次回以降の調査結果を「横ばいが続く前提」で読むのは避けるべきだということです。
自分の物件の利回りは調査値より高い
もう一つの注意点は、調査が想定する物件像です。賃貸住宅の調査は、駅徒歩10分以内・築5年未満・総戸数50戸程度といった条件の物件を想定しています。築年が進んだ物件、小規模な物件、地方の物件は、調査値より高い利回りで取引されるのが通常です。
不動産鑑定評価基準も、還元利回りは地方別・用途的地域別・品等別によって異なる傾向を持つとしています。調査値は方向を読む指標として使い、あなたの物件の利回りは、近隣の類似物件の取引事例から別に見定めてください。
収益物件の売り時を「価格」で判断する手順
手順1:現在の純収益と利回りから「今売る価格」を出す
まず、満室想定ではなく実績ベースの純収益を確定させ、類似物件の取引利回りを当てて現在の価格を出します。想定ケースでは1億2,000万円です。
手順2:保有を続けた場合の金額を出す
次に、3年保有した場合を考えます。純収益が毎年1%ずつ減ると、3年間の純収益の累計は約1,941万円、3年後の純収益は約640万円です。3年後の売却価格は利回りの置き方で変わります。
| 3年後の利回り | 3年後の売却価格 | 純収益累計との合計 | 今売る場合との差 |
|---|---|---|---|
| 5.5%(据え置き) | 1億1,644万円 | 1億3,585万円 | +1,585万円 |
| 5.8%(+0.3pt) | 1億1,041万円 | 1億2,982万円 | +982万円 |
| 6.1%(+0.6pt) | 1億498万円 | 1億2,439万円 | +439万円 |
借入返済、税金、売却諸費用、お金の時間価値を除いた単純比較ですが、利回りが0.6ポイント上がっても、このケースでは保有を続けたほうが合計額は上回ります。
手順3:損益分岐の利回りを出す
この比較を一歩進めると、「3年後の利回りが何%を超えたら、今売ったほうがよかったことになるか」という損益分岐点が出せます。想定ケースでは約6.37%、つまり現在から約0.9ポイントの上昇です。
売り時の判断で問うべきなのは「利回りは上がるか」ではなく、**「3年以内に0.9ポイント以上上がる可能性をどう見るか」**です。築年の経過で利回りが上がりやすい木造の築古物件や、買主の層が薄い地方物件では、この分岐点に早く近づきます。出口の利回りの置き方は出口の想定利回りは何%で置くべきか。10年後の売却価格を見積もる最終還元利回りの決め方で詳しく整理しています。
なお、実際の判断では借入の残債、譲渡所得にかかる税金(譲渡した年の1月1日時点で所有期間が5年を超えると税率の低い長期譲渡所得になる、といった区分)が手取りを大きく左右します。具体的な税額は税理士にご確認ください。売却時期を判断する他のデータ軸は収益不動産の売却タイミングを、感覚ではなくデータで決めるもあわせてご覧ください。
まとめ
キャップレートの推移は、市場の方向を知るための重要な情報ですが、それだけで売り時は決まりません。利回りの変化を自分の物件の価格に置き換え、保有を続けた場合と比べてはじめて、売るべきかどうかの判断材料になります。
要点を振り返ります。
- 収益物件の価格は「純収益÷還元利回り」で決まり、想定ケースでは利回り0.3ポイントの上昇で約620万円下がった
- 日本不動産研究所の第54回不動産投資家調査(2026年4月現在)では、東京・城南の賃貸住宅一棟の期待利回りはワンルーム3.6%・ファミリー3.7%で、いずれも0.1ポイント低下した
- 日本銀行は2026年6月に1.0%程度、9月に1.25%程度へ政策金利を引き上げたが、4月時点の調査には反映されていない
- 調査値は新しく規模の大きい物件が前提であり、自分の物件の利回りは近隣の取引事例から見定める
- 売り時は「今売る価格」と「保有収入+将来の売却価格」の比較で判断し、損益分岐となる利回りの上昇幅を数値で出す
保有物件の売却を数年内に考え始めているオーナーの方、利上げのニュースを見て売り時を迷っている方は、まず自分の物件の損益分岐の利回りを把握することから始めてください。
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