共有名義の不動産売却で揉めないために。価格の根拠をどう作るか、持分売却と一括売却の差を数値で整理する
共有名義の不動産を売却しようとして、兄弟姉妹や共同出資者と話がまとまらない。相続で引き継いだアパートを3人で持っているが、「いくらなら売ってよいか」で意見が割れたまま何年も経っている。こうしたご相談は、収益物件をお持ちの投資家からも少なくありません。
先に結論を書きます。共有名義の不動産売却で揉める原因の多くは、売るか売らないかではなく、各自が別々の「価格のものさし」を持っていることにあります。そして自分の持分だけを売ると、単純に持分割合で割った金額を大きく下回るのが通常です。だからこそ、全員が同じ土俵で話せる第三者の価格根拠を最初に作ることが、合意への近道になります。
本コラムでは、共有者間で価格観が割れる典型パターン、持分売却と一括売却の価格差、第三者の価格意見が合意形成で果たす役割を、私たち鑑定士の視点で整理します。なお、共有物分割や遺産分割の法的手続きは弁護士に、譲渡所得の税金は税理士にご確認ください。
共有名義の不動産売却で、なぜ価格が揉めるのか
売却には共有者全員の同意が必要
共有不動産全体を売却することは、民法251条1項の「共有物の変更」にあたり、共有者全員の同意が必要です。一人でも反対すれば、物件全体を売ることはできません。つまり共有名義の不動産売却は、最も慎重な一人の納得を得られる価格でしか成立しないという構造を持っています。
共有者ごとに「ものさし」が違う
価格観が割れる典型は次のようなパターンです。
- 相続税の申告書に載った評価額(路線価ベース)を基準に「その程度の価値」と考える人
- 複数の仲介査定のうち、最も高い金額を「本当の価格」と考える人
- 利回りから逆算して「この賃料ならこの程度」と考える人
- 思い入れや過去の購入価格から、下げたくないと考える人
相続税評価額と時価はそもそも別物で、収益物件では両者の差が大きくなります(詳しくは相続した収益物件、相続税評価額と時価はなぜこれほど違うのかで整理しています)。ものさしが違えば、同じ物件でも数千万円単位で認識がずれます。
「売りたい人」と「持ち続けたい人」の利害
賃料収入を受け取り続けたい人と、現金化して手を離したい人とでは、そもそも比べている選択肢が違います。前者は「売らない場合の収益」と比べ、後者は「今すぐ手にできる現金」と比べる。価格そのものの議論に入る前に、この立場の違いを言葉にしておくと、話が進みやすくなります。
持分だけの売却と一括売却の価格差
持分は単独で売れるが、買い手は限られる
自分の持分だけであれば、他の共有者の同意なく売却できます。ただし持分を買っても、物件全体を自由に使うことも売ることもできません。そのため買い手は、共有持分を専門に扱う買取業者などに限られ、提示額は「物件全体の市場価格×持分割合」から大きく割り引かれるのが一般的です。
想定されるケース:1億2,000万円のアパートを3人で共有
以下は説明のために抽象化した想定のケースで、特定の物件や市場の見通しを示すものではありません。相続で1棟アパートを兄弟3人が各3分の1ずつ共有し、借入はなく、物件全体の市場価格は1億2,000万円とします。
| 売却の方法 | 1人あたりの受取額の目安 | 前提 |
|---|---|---|
| 全員で一括売却 | 約3,866万円 | 仲介手数料約403万円を控除 |
| 他の共有者へ持分を売却 | 4,000万円前後 | 当事者間の合意による |
| 買取業者へ持分のみ売却 | 1,200万〜2,400万円 | 持分相当額の3〜6割と仮定 |
一括売却の仲介手数料は、上限の速算式(売買価格の3パーセントに6万円を加え、消費税を上乗せ)で計算しました。持分のみの売却は、同じ3分の1でも一括売却の3分の1から3分の2程度にとどまる計算です。この差が、共有名義の不動産売却で「全員でまとまって売る」ことの経済的な意味です。譲渡所得にかかる税金はここに含めていません。税額は必ず税理士にご確認ください。
共有者間の売買は「限定価格」の発想に近い
共有者の一人が他の共有者の持分を買い取ると、買い手は物件全体を単独で持てるようになり、市場価値が回復します。不動産鑑定評価基準は、借地権者が底地を買い取る場合のように、併合によって市場価値が増す取引の価格を「限定価格(特定の当事者間でのみ経済合理性が成り立つ価格)」と定めています。共有者間の持分売買もこれに近い性格を持ち、買い手側には第三者より高い価格を払っても合理的な理由があります。この点を共有者全員が理解していると、「業者の買取額が相場だ」という誤解に引きずられずに済みます。
第三者の価格意見が合意形成で果たす役割
「誰の数字か」が問われない共通の土台
当事者の誰かが持ち込んだ査定額は、どうしても「その人に有利な数字」と受け止められます。利害関係のない鑑定士が、取引事例・収益還元法(将来の純収益から価格を求める手法)・原価法の根拠を示して出した価格は、全員が同じ資料を見て議論する土台になります。数字に賛成できなくても、どの前提が違うのかを特定できるだけで、議論は感情から論点へ移ります。
分割の協議が裁判所に進んだ場合
協議がまとまらなければ、共有物分割請求(遺産分割前の相続物件は遺産分割の手続き)へ進みます。2023年4月施行の改正民法258条では、裁判所による分割方法として、物件を分ける現物分割と、一人が取得して他の共有者に代金を支払う賠償分割が明記されました。賠償分割では取得する側が支払う金額、つまり物件の価格が中心的な争点になります。また、所在の分からない共有者がいる場合には、裁判所の手続きでその持分を取得・譲渡できる制度(民法262条の2・262条の3)も設けられました。どの手続きを選ぶかは弁護士にご相談ください。私たち鑑定士がお手伝いできるのは、その場面で使える価格の根拠を作る部分です。
鑑定評価書と価格等調査報告書の選び方
共有者間で目線を合わせるための参考資料であれば、調査範囲を絞った価格等調査報告書で足りる場合があります。一方、調停・訴訟で提出する可能性がある、金融機関や第三者に示すといった場面では、不動産鑑定評価基準に則った鑑定評価書が必要です。価格等調査報告書を後から鑑定評価書へ格上げすることはできないため、提出先が見えているなら最初から鑑定評価書を選ぶことをおすすめします。違いは不動産鑑定はいくらかかるのか。鑑定評価書と価格等調査報告書の違いで詳しく整理しています。
共有名義の不動産売却で揉めないために、売却前にやっておくこと
物件の情報を全員で共有する
レントロール、修繕履歴、固定資産税の納税通知書、管理委託契約書など、価格の前提になる資料を、管理を担う一人だけが持っている状態は不信の種になります。まず全員が同じ資料を見られる状態をつくることが第一歩です。
価格の前に「決め方」を決める
いきなり金額を出し合うと、最初に出た数字に全員が縛られます。「鑑定士の価格を基準に、上下何パーセントの範囲なら一括売却に応じる」「持分を買い取る人がいればその価格で優先する」といった決め方を先に合意しておくと、数字が出た後の対立を抑えられます。
相続登記を済ませておく
相続で取得した不動産は、2024年4月から相続登記が義務化され、取得を知った日から3年以内の申請が必要です。登記名義が亡くなった方のままでは売却の手続きに進めません。登記の手続きは司法書士にご確認ください。
まとめ
共有名義の不動産売却で揉める原因は、共有者ごとに価格のものさしが違うことにあります。全員が同じ根拠を見て話せる状態をつくれば、合意までの距離は大きく縮まると断言します。
要点を振り返ります。
- 共有不動産全体の売却には共有者全員の同意が必要で、最も慎重な一人が納得できる価格でしか成立しない
- 相続税評価額・仲介査定・利回り逆算など、共有者ごとに異なるものさしが対立の原因になる
- 持分だけの売却は可能だが、想定のケースでは一括売却の3分の1から3分の2程度の受取額にとどまる
- 共有者間の持分売買は限定価格に近い性格を持ち、第三者の買取額より高くても経済合理性がある
- 利害関係のない鑑定士の価格は、協議でも賠償分割の場面でも共通の土台になる
- 価格の前に決め方を合意し、資料を全員で共有し、相続登記を済ませておく
相続で収益物件を兄弟姉妹と共有している方、共同出資で取得した物件の出口を考え始めた投資家の方、持分の買取を持ちかけられて提示額が妥当か判断できない方は、話し合いが長期化する前に、価格の根拠をそろえることから始めてください。
共有物件の適正価値を客観的に把握したい投資家の方は、顧問鑑定士サービス(月額5,500円・税込)で、どの資料をそろえ、どの書面で価格を示すかの設計からご相談いただけます。個別の価格等調査報告書・鑑定評価書はお見積りを差し上げますので、登記事項証明書とレントロールをお手元にご連絡ください。


