相続した収益物件、相続税評価額と時価はなぜこれほど違うのか。路線価・固定資産税評価額・時価の三層構造を整理する

「父の1棟アパートの相続税評価額は2,500万円ほどでした。ところが仲介会社に聞くと、売れば9,000万円だと言われました。どちらが正しいのですか」。収益物件を相続された方から、ほぼ毎回いただくご質問です。
結論を先に申し上げます。どちらも正しい。そして、この2つを混ぜたまま遺産分割を進めると、ほぼ確実に揉めます。相続税評価額は税金を計算するための価格であって、この不動産がいくらで売れるかを答える価格ではないからです。1つの不動産には目的の異なる価格が同時に存在していて、収益物件ではその差が自宅よりもはるかに大きく開きます。
本コラムでは、路線価・固定資産税評価額・時価の関係、収益物件で差が広がる理由、そして時価を出さないと不公平になる場面を整理します。なお相続税の計算や申告は税理士の、遺産分割の法律判断は弁護士の領域です。個別の取扱いは必ず専門家にご確認ください。
1つの収益物件に、価格は何種類あるのか
公的な価格は、はじめから低めに置かれている
国が示す土地の価格は複数あり、それぞれ水準が違います。
| 価格の種類 | 決める主体・時点 | おおよその水準 |
|---|---|---|
| 地価公示価格 | 国土交通省・毎年1月1日 | 100(基準) |
| 相続税路線価 | 国税庁・毎年1月1日 | 公示価格の8割程度 |
| 固定資産税評価額 | 市町村・3年に1度評価替え | 公示価格の7割程度 |
相続税路線価が地価公示価格等の8割程度を目途に評定されていることは国税庁が公表しており、固定資産税評価額も総務省の固定資産評価基準に基づき7割が目途とされています。時価を100とすれば、相続税評価額は80、固定資産税評価額は70から話が始まるわけです。この開きは評価替えの時点のずれや、大量の土地を画一的に評価することへの安全余裕として意図的に設けられたものです。
収益物件では、この差にもう一段の開きが乗る
相続税評価額は、土地が路線価に面積を乗じた積み上げ、建物が固定資産税評価額という、原価と面積の世界で決まります。一方、市場が収益物件に付ける価格は、その物件が生み出す家賃から逆算した収益価格の世界で決まります。買主が見ているのは面積ではなく、年間いくら入ってくるかだからです。
ですから賃料水準が高く利回りの低い都心の物件ほど、時価は相続税評価額を大きく上回ります。逆に地方の高利回り物件では、相続税評価額のほうが高くなる逆転も起こります。この2つが食い違う構造は積算価格と収益価格はなぜ食い違うのかで扱いました。相続では、その食い違いがそのまま相続人の間の不公平として表れます。
相続税評価額が時価から離れる仕組み
貸家建付地と貸家の評価減が、さらに差を広げる
賃貸に供されている不動産には、財産評価基本通達により追加の減額が入ります。
土地は貸家建付地(自分の土地に自分で建てた建物を他人に貸している場合の土地)として、自用地としての価額から借地権割合・借家権割合・賃貸割合を乗じた分を控除します。借家権割合は全国一律で30パーセントですから、借地権割合60パーセントの地域で満室なら18パーセント減です。建物は貸家として、固定資産税評価額から借家権割合と賃貸割合を乗じた分を控除し、満室なら30パーセント減になります。
さらに一定の要件を満たせば、小規模宅地等の特例のうち貸付事業用宅地等として200平方メートルまでの部分に50パーセントの減額を受けられます。ただし相続開始前3年以内に貸付事業の用に供された宅地等は、事業的規模で貸付けを行っていた場合などを除き対象外です。要件が細かいため、適用可否は税理士にご確認ください。
これらが積み重なると、土地の相続税評価額が時価の4割前後まで下がることも珍しくありません。「不動産は評価が下がる」と語られるものの正体は、この重ね掛けです。
区分マンションは2024年から補正が入った
区分所有のマンションについては、評価額と市場価格の乖離が大きすぎるとして、2024年(令和6年)1月1日以後に相続・遺贈・贈与により取得した居住用の区分所有財産から新しい評価方法が適用されています(国税庁「居住用の区分所有財産の評価について」法令解釈通達)。築年数・総階数・所在階・敷地持分狭小度から評価乖離率を求め、評価水準が0.6未満なら評価乖離率に0.6を乗じた区分所有補正率を適用する、つまり時価の6割の水準まで評価額を引き上げる補正です。
投資家の方が押さえるべき点は3つです。賃貸中の区分マンションも対象で、補正後の価額に貸家・貸家建付地の評価減を適用すること。区分所有登記がされていない1棟所有の賃貸マンションやアパートは対象外であること。そしてこの補正は評価水準を0.6に近づけるだけで、差は縮まっても消えないことです。
時価が必要になるのは、税務ではなく分割の場面
ここまでは税務の話でした。しかし実務で鑑定評価のご依頼をいただくのは、分割の場面が圧倒的に多いのが実情です。
遺産分割で不動産をいくらと見るかについて、相続税評価額を使わなければならないという決まりはありません。相続人全員が合意すればどの価格でもよく、合意できなければ最終的には時価で判断されます。相続税の計算と遺産の分け方は、別の物差しで動いているのです。時価が要るのは主に次の場面です。
- 代償分割:1人が不動産を取得し、他の相続人に代償金を払う。その計算根拠が時価になる
- 換価分割の前段:売るかどうかを決めるために、手取りの見込みを知りたい
- 遺留分侵害額請求:遺留分を算定するための財産の価額は、民法第1043条により相続開始の時の価額で計算する
- 共有物分割:相続後に共有となった物件を解消するとき
このうち代償分割が最も揉めます。不動産を取得する側は低い価格を主張し、代償金を受け取る側は高い価格を主張する。利害が正面から対立するためです。
想定されるケース:兄弟2人で1棟アパートと預金を分ける
前提
抽象化した想定のケースです。特定の物件を前提としたものではありません。
遺産は都内近郊の木造1棟アパート(土地200平方メートル、路線価20万円、借地権割合60パーセント、建物の固定資産税評価額1,200万円、満室)と預金3,000万円。相続人は兄弟2人で、兄がアパート、弟が預金を取得する方向で話が進んでいるとします。
アパートの相続税評価額は、土地が自用地価額4,000万円に貸家建付地の補正を乗じて3,280万円、小規模宅地等の特例で50パーセント減額して1,640万円。建物は1,200万円の30パーセント減で840万円。合計2,480万円です。一方、年間満室賃料720万円、純収益540万円、還元利回り6.0パーセントとすれば、収益価格は9,000万円と試算されます。
代償金の向きが逆転する
| 項目 | 相続税評価額ベース | 時価ベース |
|---|---|---|
| 1棟アパート | 2,480万円 | 9,000万円 |
| 預金 | 3,000万円 | 3,000万円 |
| 遺産総額 | 5,480万円 | 1億2,000万円 |
| 各人の法定相続分 | 2,740万円 | 6,000万円 |
| 兄の取得額 | 2,480万円 | 9,000万円 |
| 弟の取得額 | 3,000万円 | 3,000万円 |
| 代償金 | 弟から兄へ260万円 | 兄から弟へ3,000万円 |
相続税評価額で分けると、収益物件を取得した兄がさらに260万円を受け取る計算になります。しかし兄は毎年720万円の家賃が入る資産を手にし、売れば9,000万円になる。弟の手元には3,000万円しか残りません。申告書に書かれた数字を不動産の値段だと信じたまま協議を進めていた、というのが争いの出発点として非常に多いのです。相続税評価額は税務署に提出する書類の中で通用する価格だと、割り切ってください。
評価を下げる工夫には、限界がある
最高裁令和4年4月19日判決が示した線引き
相続税評価額が時価より低いのなら、相続直前に借入で不動産を買えば相続税を圧縮できる。この発想には歯止めがあります。財産評価基本通達6項は、通達の定めによって評価することが著しく不適当と認められる財産の価額は国税庁長官の指示を受けて評価する旨を定めています。いわゆる総則6項です。
最高裁判所令和4年4月19日判決は、被相続人が相続開始前に借入金で購入した2棟の不動産について、通達評価額の合計が約3億3,000万円、鑑定評価額が合計約12億7,000万円であった事案で、通達によらず鑑定評価額で課税した処分を適法と判断しました。判決は乖離の存在自体を理由とはせず、租税負担の軽減を意図した行為により他の納税者との間に看過し難い不均衡が生じる場合に通達と異なる評価が許される、という立て付けです。
鑑定士としての線引き
読み取るべきなのは乖離の大きさではなく、意図と経緯が見られているという点です。何年も賃貸経営として保有してきた物件と、相続直前に借入で取得して相続後すぐ売却した物件とでは、同じ乖離でも評価が分かれます。
ですから私たちは、節税目的の評価額引下げをお手伝いすることはありません。お引き受けするのは、分割や代償金、共有解消の場面でこの物件はいまいくらなのかを第三者の立場で示す仕事です。税務上の取扱いは、必ず税理士にご確認ください。
分割で使う価格を、どう決めるか
合意・査定・鑑定評価
1つ目は、相続人全員の合意で固定資産税評価額や相続税評価額を使う方法。全員が納得しているならこれで構いませんし、費用もかかりません。
2つ目は、仲介会社の査定書を取る方法。無料で早く、売却を前提とするなら合理的です。ただし査定額は媒介契約の獲得を意識した営業上の価格提示であり、根拠の開示も限定的です。相手方が別の会社から違う査定を取れば、数字の応酬になって終わります。査定と鑑定評価の性格の違いは不動産鑑定評価と業者査定はなにが違うのかで整理しています。
鑑定評価書と価格等調査報告書
3つ目が不動産鑑定士による鑑定評価書です。不動産鑑定評価基準に従って価格を求め、その過程を書面で開示します。調停や訴訟に提出でき、当事者の一方が依頼したものであっても、基準に従う限り結論は変わりません。費用は収益物件で数十万円が目安ですが、代償金が数千万円規模で動く場面では十分に見合います。
協議の初期に内部で水準を把握したいだけであれば、鑑定評価基準に則らない調査であることを明示した価格等調査報告書という選択肢もあります。両者の違いは不動産鑑定はいくらかかるのかで整理しました。
まとめ
相続税評価額と時価は、どちらが正しいという関係ではありません。目的が違う別々の価格であり、収益物件では土地の評価水準・賃貸減額・評価手法の違いが重なって、3倍を超える開きが生じることもあります。
要点を振り返ります。
- 相続税路線価は地価公示価格等の8割、固定資産税評価額は7割を目途に評定されており、出発点から時価より低い
- 貸家建付地・貸家の評価減と小規模宅地等の特例が重なると、収益物件の相続税評価額はさらに下がる
- 居住用の区分所有財産は2024年1月1日以後の取得分から補正が入ったが、1棟所有の賃貸物件は対象外
- 遺産分割で相続税評価額を使わなければならない決まりはなく、代償分割では時価が争点になる
- 相続税評価額のまま分けると、収益物件を取得する側に大きく偏った分割になりやすい
- 総則6項と最高裁令和4年4月19日判決により、節税目的の極端な評価引下げには歯止めがある
収益物件を相続された方、これから相続が見込まれる方は、申告書の数字とは別に、その物件がいまいくらなのかを一度確かめておいてください。協議に入ってから価格を調べ始めると、どの数字を出しても相手方に「自分に有利な数字を持ってきた」と受け取られます。協議前に中立的な資料を用意しておくことが、最も揉めない進め方です。
収益物件の適正価値を客観的に把握したい投資家の方には、顧問鑑定士サービス(月額5,500円・税込)で、どの書面を誰に示す必要があるのかを含めた壁打ちを承っています。鑑定評価書・価格等調査報告書のいずれもお見積りを差し上げますので、物件の概要と相続の状況をお聞かせください。相続税の計算や申告は税理士、遺産分割の法律判断は弁護士の領域ですので、必要に応じて専門家のご紹介も可能です。


