取得価格のまま止まった資産表は危うい。収益物件を毎年評価替えする意味と、含み損益の読み方

「去年まとめた資産の一覧、金額は買ったときのままです」。複数棟をお持ちの方とお話ししていると、手元の資産表が取得した日の価格のまま何年も止まっている場面によく出会います。一方で、借入残高の欄だけは毎月きちんと減っている。この非対称が、判断を静かに歪めます。
不動産には、株式のような毎日の終値がありません。意識して測りにいかないかぎり、価値は取得した日のまま凍りついたままです。そして凍った数字の上で、借換えを見送る、売り時を逃す、余力の乏しい物件に追加投資をするといった判断が積み上がっていきます。
本コラムでは、保有物件の時価を年に一度つかみ直すと何が見えるのか、含み損益・LTV・純資産という3つの数字をどう読むのか、時価の測り方にはどんな手段と費用の段階があるのかを、私たち鑑定士の視点で整理します。なお、売却益や評価損の税務上の取扱いは税理士に、契約や相続に関する法律判断は弁護士にご確認ください。
取得価格のまま止まった資産把握は、なにを見落とすのか
帳簿が語るのは「買ったときの話」だけ
会計上の不動産は原則として取得原価で記録され、建物は減価償却によって年々減っていきます。つまり帳簿価額(簿価。会計帳簿に載っている資産の金額)は、市場でいくらで売れるかとは無関係に、購入時点の支出を時の経過で割り振っただけの数字です。
価格が上がる局面では、簿価は実態よりはるかに小さな数字を示します。逆に下がる局面では、土地の含み損が減価償却では表面化しないため、簿価は実態より大きく見える。どちらの向きにも、帳簿はあなたの資産を正しく映しません。
借入残高だけが、確実に動いていく
負債の側は違います。元利均等返済であれば毎月の元金返済分だけ残高が減り、その数字は返済予定表を見れば1円単位で分かります。
結果として、手元には「動かない資産」と「動く負債」が並びます。この状態では、純資産が増えているのか減っているのかを、返済が進んだ分しか認識できません。実像からずれた地図の上で意思決定をしていることになります。
全国平均は、あなたの物件の答えではない
相場感を公的データで確かめる方は多いと思います。国土交通省が令和8年3月17日に公表した令和8年地価公示では、全国平均が全用途平均で2.8パーセント、住宅地で2.1パーセント、商業地で4.3パーセントの上昇となり、いずれも5年連続の上昇でした。三大都市圏の全用途平均は4.6パーセントとさらに高い伸びです。
ただし、これは地点の平均値です。同じ区内でも駅距離・接道・用途地域・土地の形状が違えば動き方は変わりますし、収益物件の価格は土地価格だけでなく賃料と還元利回りで決まります。平均が2.1パーセント上がったからといって、あなたの1棟が2.1パーセント上がった保証はどこにもありません。
しかも公的指標にはタイムラグがあります。国土交通省の不動産価格指数(2010年の平均を100とする指数)は、2026年9月時点で公表されている最新の数値が2025年12月分にとどまっています。その季節調整値はマンション(区分所有)が225.1、戸建住宅が121.9、住宅地が119.8で、同じ住宅でも類型によってまったく違う世界にいることが分かります。平均を眺めるだけでは自分の資産の現在地は分からないと断言します。
時価をつかむと見えてくる3つの数字
含み損益:時価と簿価の差
含み損益は、時価から帳簿価額を差し引いた金額です。売却して初めて実現する損益であり、持っているだけでは課税もされず、キャッシュフローも生みません。
それでも把握する意味があるのは、含み益が「現金化できる可能性のある原資」であり、含み損が「出口で表面化する将来の痛み」だからです。どちらも、気づくのが早いほど打てる手が増えます。
LTV:借入残高を時価で割る
LTV(Loan to Value。借入金額を不動産の価値で割った比率)を、取得価格ではなく現在の時価で計算し直します。購入時に85パーセントだった物件が、返済の進行と価格上昇の結果60パーセント台まで下がっていることは珍しくありません。
この数字は金融機関との対話の土台になります。担保余力がどれだけ回復したかを自分の言葉で説明できるかどうかで、借換えや追加融資の交渉の質は変わります。ただし金融機関は自行の評価基準を優先しますので、外部の価格意見はあくまで補助線です。
純資産:時価から借入残高を引く
時価の合計から借入残高の合計を引いた金額が、不動産で築いた純資産です。取得価格ベースの見かけの純資産と、時価ベースの純資産は、しばしば倍以上の開きが出ます。この3つを年に一度、同じ方法で更新する。それだけで資産の全体像は静止画から動画に変わります。
想定されるケース:3棟を評価替えすると何が見えるか
以下は説明のために抽象化した想定のケースで、特定の物件や市場の見通しを示すものではありません。
前提となる3物件
首都圏近郊に3物件を保有する個人投資家を想定します。借入はいずれも元利均等の長期ローンです。
| 物件 | 取得価格 | 現在の時価 | 借入残高 |
|---|---|---|---|
| A:木造アパート(8年保有) | 8,000万円 | 9,500万円 | 6,200万円 |
| B:RC1棟(5年保有) | 1億8,000万円 | 1億8,500万円 | 1億6,400万円 |
| C:区分マンション(10年保有) | 2,500万円 | 3,800万円 | 1,500万円 |
これを3つの数字に置き換えます。
| 物件 | 含み損益 | LTV(時価ベース) | 純資産 |
|---|---|---|---|
| A | プラス1,500万円 | 65パーセント | 3,300万円 |
| B | プラス500万円 | 89パーセント | 2,100万円 |
| C | プラス1,300万円 | 39パーセント | 2,300万円 |
| 合計 | プラス3,300万円 | 76パーセント | 7,700万円 |
この表から読み取れること
取得価格の合計2億8,500万円から借入残高2億4,100万円を引くと4,400万円ですが、時価ベースの純資産は7,700万円です。減価償却が進んだ簿価で計算すれば差はさらに開きます。取得価格のまま止めていた場合、自分の純資産を3,300万円以上過小に見ていたことになります。
物件ごとの性格も浮かびます。Cは取得価格に対する含み益の比率が最も高く、LTVも39パーセントまで下がっている。Aは金額としての含み益が最大で、LTVも65パーセントと余裕がある。一方Bは保有期間が短く返済が進んでいないため、LTVが89パーセントと高く、含み益も500万円と薄い。
ここで大事なのは、この表が「Bを売るべきだ」と告げているわけではない点です。BはAやCより新しく、修繕費の発生が先かもしれません。言えるのは、いま追加購入の担保余力を探すならBには期待できないこと、組み替えの原資を作る候補として検討の俎上に載るのはCとAであること。判断そのものではなく、判断の材料が揃うということです。
「売れば手元にいくら残るか」まで降ろす
含み益は、そのままの金額が手元に残るわけではありません。仮にCを3,800万円で売却したとすると、仲介手数料は上限の速算式(売買価格の3パーセントに6万円を加え、消費税を上乗せ)でおよそ132万円。借入残高1,500万円を返済すると、残るのはおよそ2,168万円です。
この金額からさらに譲渡所得に対する課税が差し引かれます。取得費は減価償却後の金額で計算されるため、保有が長いほど譲渡所得は膨らみやすく、税額の見え方は物件ごとに異なります。具体的な試算と税率区分の判定は、必ず税理士にご確認ください。評価替えは、この手残りベースの数字まで降ろして初めて意思決定に使えるものになります。
時価を測る手段と、現実的な回し方
無料でできる2つと、費用をかける2つ
時価の把握には費用と精度の異なる4つの段階があります。
- 自力の概算:レントロールから純収益を求め、近隣の売り出し利回りで割り戻す。無料で毎年回せる反面、還元利回り(純収益を価格に換算するための利率)の置き方で結果が大きく動きます。前提の置き方は出口の想定利回りは何パーセントで置くべきかで整理しました
- 仲介査定:その価格で売れるかどうかという成約可能性の予測で、媒介契約を取る動機も入ります。売却を具体的に検討する段階では有用ですが、毎年の資産把握のために複数社へ依頼し続けるのは負担が大きい方法です
- 価格等調査報告書:不動産鑑定評価基準に則らない形で、鑑定士が価格の調査結果をまとめる書面。調査範囲を目的に絞れるため費用と納期を抑えられ、手元での把握や社内の稟議資料には十分です
- 鑑定評価書:基準に則って作成され、金融機関・裁判所・税務署・共有者といった第三者が読む前提の場面で必要になります
費用の目安と、選び間違いの代償
当事務所では鑑定評価書は30万円から(顧問鑑定士サービスの会員価格で20万円から、いずれも税別)が目安です。注意点として、価格等調査報告書を後から鑑定評価書へ格上げすることはできません。提出先が見えているなら最初から鑑定評価書を選ぶほうが、結果として早く安く済みます。この使い分けは不動産鑑定はいくらかかるのか。鑑定評価書と価格等調査報告書の違いで詳しく整理しています。
全棟に鑑定評価書は要らない
現実的なのは、全棟を自力の概算で年1回更新し、そのうち前年からの動きが大きい物件や、借換え・売却といった判断が迫っている物件だけを鑑定士に見てもらう二層構造です。棟数が多いほど、この切り分けが効いてきます。
評価替えが効いてくる場面
借換え・追加融資の交渉
時価ベースのLTVが下がっていることを示せれば、金利や期間の条件見直しを持ちかける根拠になります。金融機関は自行評価を優先しますが、こちらが数字の根拠を持って話せるかどうかで、交渉のテーブルに載るかどうかが変わります。
売却・組み替えの判断
含み益が厚くLTVが低い物件は、売却して次の取得の自己資金に充てる候補になります。逆に含み益が薄くLTVが高い物件は、売っても手残りが乏しく、保有を続けるほうが合理的な場合があります。この見立てを持ったうえで仲介査定を取れば、査定価格の妥当性も判断できます。売却前の価格根拠の作り方は収益物件の売却前に鑑定評価書は必要かをご覧ください。
法人の決算、相続の準備、修繕投資
資産管理法人で保有している場合、株式の評価や金融機関への決算説明で不動産の実態価値が論点になります。相続では、相続税の計算に用いる評価額と、遺産分割で相続人が納得する時価は別物です。いずれも税額や申告の取扱いは税理士にご確認ください。私たち鑑定士がお手伝いできるのは、時価の根拠を作る部分です。大規模修繕も同じで、修繕によって賃料や空室率がどう動き、収益価格にどう跳ね返るかを前後で比較できれば、次回の判断の精度が上がります。
まとめ
取得価格のまま止まった資産表は、借入残高だけが正確に動いていくぶん、必ず実像からずれます。そのずれの上で借換えや売却を判断しているかぎり、どれだけ物件研究をしても打ち手は最適になりません。年に一度、同じ方法で時価を測り直すこと。地味ですが、これが保有期間に効く最も確実な作業だと断言します。
要点を振り返ります。
- 帳簿価額は取得時の支出を時の経過で割り振った数字にすぎず、市場価値を示さない
- 令和8年地価公示の全国平均は全用途平均2.8パーセント・住宅地2.1パーセントの上昇だが、平均はあなたの物件の答えではない
- 不動産価格指数は2026年9月時点で最新値が2025年12月分にとどまり、類型別でもマンション225.1、戸建住宅121.9と大きく異なる
- つかむべきは含み損益・時価ベースのLTV・純資産の3つ。想定のケースでは、取得価格ベースの純資産4,400万円が時価ベースでは7,700万円になった
- 時価把握の手段は自力の概算・仲介査定・価格等調査報告書・鑑定評価書の4段階。全棟を概算で回し、判断が迫る物件だけ鑑定士に見てもらう二層構造が現実的
- 含み益は手残りではない。仲介手数料・借入返済・譲渡課税まで降ろして初めて意思決定に使える(税額は税理士にご確認ください)
複数棟を保有していて全体像がつかめていない方、資産管理法人で決算のたびに不動産の数字に迷う方、そろそろ組み替えを考えたいが何から手を付けるか決めかねている方。まずは全棟を並べて、時価・借入残高・純資産の3列を埋めるところから始めてください。埋めてみると、次に手を入れるべき物件は自然に浮かび上がります。
収益物件の適正価値を客観的に把握したい投資家の方は、顧問鑑定士サービス(月額5,500円・税込)で、年次の評価替えをどの粒度で回すか、どの物件を鑑定士の評価に載せるかの設計からご相談いただけます。個別の価格等調査報告書・鑑定評価書はお見積りを差し上げますので、レントロールと返済予定表をお手元にご連絡ください。


