親子間の不動産売買、価格は相続税評価額でよいのか。収益物件で低額譲渡・みなし贈与を避ける時価の考え方

「親の1棟アパートを私が買い取ります。親子間の不動産売買なら、価格は相続税評価額で構わないと聞いたのですが」。親族間で収益物件を動かそうとしている投資家の方から、よくいただくご相談です。
結論を先に申し上げます。親子間の売買価格は自由には決められません。時価より「著しく低い価額」で買えば、差額は親から子への贈与とみなされます(相続税法第7条)。しかも収益物件は相続税評価額と時価の開きが大きく、「相続税評価額なら安全」は通用しにくいのが実情です。価格を決める前に、時価を第三者の資料で押さえておくことが最も確実な備えです。
本コラムでは、みなし贈与の仕組み、収益物件ならではの注意点、時価の根拠の用意の仕方を私たち鑑定士が整理します。具体的な税額や申告の判断は、実行前に必ず税理士にご確認ください。
親子間の不動産売買で、価格が問題になる理由
親子間では「安く売る」ことに利害が一致してしまう
第三者間の売買なら、利害の対立する者どうしが交渉した価格が市場の実態を映します。親子間ではこの前提が崩れます。市場価格8,000万円の物件を4,000万円で子に売れば、子は4,000万円分の財産を無償で受け取ったのと経済的に同じです。そこで相続税法第7条は、著しく低い価額の対価で財産の譲渡を受けた場合、その対価と時価との差額に相当する金額を、譲渡した者から贈与により取得したものとみなすと定めています。これが、いわゆる「みなし贈与」です。
個人間と法人相手では、判断の物差しが違う
ここでよく混同されるのが、「時価の2分の1未満なら低額譲渡」という基準です。これは個人から法人への譲渡に関する所得税の物差し(所得税法第59条、同施行令第169条)で、個人間の売買には当てはまりません。国税庁のタックスアンサー(No.4423)も、個人間の「著しく低い価額」かどうかは個々の具体的事案に基づいて判定すると説明しています。
資産管理法人へ移す場合は法人化で物件を資産管理会社に移すとき、売買価格はいくらにすべきかで整理しました。
低額譲渡でみなし贈与とされるのはどんなときか
「時価」は相続税評価額ではなく「通常の取引価額」
みなし贈与の計算で基準になる時価について、国税庁は、土地・建物については「通常の取引価額」を用いるとしています。根拠は、負担付贈与または対価を伴う取引により取得した土地・建物は、取得時における通常の取引価額に相当する金額で評価するという個別通達(平成元年直評5)です。
差額を測る物差しは路線価ベースの相続税評価額ではなく、市場で成立するであろう価格です。私たち鑑定士が不動産鑑定評価基準に基づいて求める「正常価格」と、考え方が重なります。
「低い」と「著しく低い」の間には線がある
一方で、時価より少しでも安ければすぐに贈与税がかかる、というわけでもありません。東京地方裁判所の平成19年8月23日判決は、親族間の土地の売買について、相続税法第7条は時価より「著しく低い価額」の対価による譲渡に課税するものであり、その反対解釈として、単に「低い価額」での譲渡には課税しないと判示しました。この事案では、相続税評価額(地価公示価格水準の8割程度)による売買は「著しく低い価額」に当たらないとして、課税処分が取り消されています。
ただし、この判決は更地の土地を対象とした地裁判決であり、「相続税評価額で売れば常に安全」とお墨付きを与えたものではありません。どこからが「著しく低い」かは、時価との乖離の程度、取引の経緯、価格決定の根拠などを総合して判断されます。
代金の支払い方でも、贈与と見られることがある
価格が適正でも、次のような形は贈与の実態があると見られるおそれがあります。
- 買主である子の購入資金を、親が別途渡している
- 代金を分割払いにしたが、実際には支払われていない、あるいは後で支払いを免除した
- 売買契約書はあるが、代金の授受を示す振込記録がない
代金は買主自身の資金や借入で、記録の残る方法で支払うのが基本です。
収益物件の親子間売買は、相続税評価額との開きが特に大きい
貸家建付地・貸家の評価減が効いている
収益物件の相続税評価額は、自用の不動産よりさらに低くなります。財産評価基本通達により、賃貸中の建物は借家権割合(多くの地域で30パーセント)を差し引いた「貸家」として、敷地は借地権割合と借家権割合を掛けた分を差し引いた「貸家建付地」として評価されるためです。
その結果、市場で8,000万円で取引される1棟アパートの相続税評価額が、その半分から6割程度にとどまることは珍しくありません。更地の土地であれば「相続税評価額は時価の8割程度」という目安が語られますが、収益物件ではその目安自体が当てはまらないのです。この構造は相続した収益物件、相続税評価額と時価はなぜこれほど違うのかで詳しく解説しています。
しかも収益物件の市場価格は賃料から逆算した収益価格を中心に決まるため、利回りの低い(価格の高い)エリアほど開きは広がります。相続税評価額を流用すると、前述の判決の事案とは大きく異なる「時価の半分程度」に入り込む可能性があるわけです。
敷金と借入金の引継ぎも価格の一部として整理する
賃貸中の物件では敷金の返還義務も買主に移るため、第三者間では敷金相当額を代金から差し引いて精算するのが一般的です。親の借入金を子が引き受けて代金に充てる場合も、その額は対価の一部です。代金の内訳(現金・借入の引受け・敷金の精算)を書面で明確にしておいてください。
想定されるケース:時価8,000万円の1棟アパートを子が買う場合
抽象化した想定のケースです。特定の物件を前提としたものではありません。
親が保有する1棟アパートの通常の取引価額が8,000万円、相続税評価額が4,400万円とします。成人した子が親から買い取る場面で、売買価格を3通り置き、仮に時価との差額が贈与とみなされた場合の贈与税を試算します(直系尊属からの贈与に適用される特例税率、基礎控除110万円、暦年課税。他の贈与はないものとします)。
| 売買価格 | 時価との差額 | 差額が贈与とされた場合の贈与税 |
|---|---|---|
| 4,400万円(相続税評価額) | 3,600万円 | 約1,330万円 |
| 6,400万円(時価の8割) | 1,600万円 | 約406万円 |
| 8,000万円(時価どおり) | 0円 | 0円 |
計算は、差額から基礎控除110万円を引いた額に速算表を当てはめています。1行目なら、3,490万円に税率50パーセントを掛けて控除額415万円を引き、約1,330万円です。
1行目は「相続税評価額なら安全」と考えて実行した場合です。相続税評価額が時価の55パーセントにとどまるため、差額が「著しく低い」と判断されれば、安く買えた金額の3分の1以上が贈与税として出ていきます。2行目は判決の水準に近いものの、課税されないかどうかは事案ごとの判断です。3行目の時価どおりの売買だけが、みなし贈与の論点そのものを生じさせません。なお、売主である親の側では、実際の売買価格をもとに譲渡所得税がかかります。個人への譲渡で対価が時価の2分の1未満の場合、譲渡損失はなかったものとみなされる規定(所得税法第59条第2項)もあります。相続時精算課税を選んでいる場合など、実際の税額は状況によって大きく変わりますので、シミュレーションは税理士にご依頼ください。
親子間の売買価格の根拠をどう用意するか
仲介会社の査定書では、税務の説明資料として弱い
仲介会社の査定書は無料で早く手に入りますが、売却の依頼を受けるための営業上の提示で、算定過程の開示も限られます。税務調査で「なぜこの価格なのか」を説明する書面としては、根拠の記載が足りないことが多いのが実情です。
鑑定評価書は、第三者の立場で時価を示す
最も説明力が高いのは鑑定評価書です。不動産鑑定評価基準に従い、採用した取引事例、賃料・経費の査定、還元利回り、各手法の試算価格の調整過程まで記載します。依頼者が親でも子でも結論は変わらないという点が、第三者性の根拠になります。
収益物件の鑑定評価書の費用は40万円〜(税別)、顧問鑑定士サービスの会員価格は30万円〜です。8,000万円の物件で数百万円から1,000万円超の贈与税リスクを抱えることと比べれば、取引前に用意しておく価値は十分にあります。
まず水準を知りたい段階なら価格等調査報告書
まだ家族で話し合っている段階なら、鑑定評価基準に則らない調査であることを明示した価格等調査報告書(15万円〜・税別)で水準を把握する方法もあります。実行が決まった段階で鑑定評価書に切り替える場合は、価格等調査の料金を差し引いてお見積りします。両者の違いは不動産鑑定はいくらかかるのか。鑑定評価書と価格等調査報告書の違いをご覧ください。
大切なのは、価格を決めてから根拠を探すのではなく、根拠を得てから価格を決めることです。
まとめ
親子間の不動産売買の価格は、当事者の合意だけでは決まりません。収益物件では、相続税評価額と時価の開きがみなし贈与の危険を大きくします。
要点を振り返ります。
- 個人間の低額譲渡は、時価との差額が贈与とみなされる(相続税法第7条)
- 差額を測る時価は、土地・建物では相続税評価額ではなく「通常の取引価額」
- 「時価の2分の1未満」は個人から法人への譲渡の物差しで、個人間では個別に判断される
- 相続税評価額での売買を認めた地裁判決はあるが、更地の事案であり収益物件にそのまま当てはまるとは限らない
- 貸家・貸家建付地の評価減により、収益物件の相続税評価額は時価の半分程度になることがある
- 代金の支払い実態、敷金・借入金の引継ぎも含めて、対価の中身を書面で整理しておく
親から収益物件を買い取る予定の方、親族間で1棟アパートや区分マンションを動かそうとしている投資家の方は、価格を決める前に一度、その物件の時価がどこにあるのかを確かめてください。
親族間売買の適正価格を客観的に把握したい投資家の方は、顧問鑑定士サービス(月額5,500円)または個別のご相談をご利用ください。鑑定評価書・価格等調査報告書のお見積りも承ります。贈与税・譲渡所得税の試算や申告の判断は税理士にご確認ください。必要に応じて専門家のご紹介も可能です。
購入・融資・保有・売却の場面ごとの使い方や、費用・期間の目安は収益物件の不動産鑑定のページでまとめています。


