空室率の想定を1%動かすと価格はいくら変わるのか。空室率・還元利回り・修繕費の感応度を数値で比べる

収支計画を作るとき、空室率の想定を何%で置くかは、多くの投資家が「なんとなく5%」「念のため10%」と決めてしまう項目です。ところが収益還元法(物件が生み出す純収益から価格を求める手法)では、この1つの前提が価格を数百万円単位で動かします。
結論から申し上げます。本コラムの想定ケース(満室想定賃料収入1,200万円の1棟マンション)では、空室率の想定を1ポイント上げると価格は約218万円下がりました。これは還元利回りを0.1ポイント上げたとき(約240万円)や、修繕費・資本的支出を年12万円増やしたときとほぼ同じ重さです。そして3つの前提を楽観側と保守側にそろえて置くと、同じ物件の価格差は4,300万円を超えます。
私たち鑑定士は、この「前提の置き方で価格がどれだけ動くか」を感応度(ある前提を1単位動かしたときの結果の変化量)として確認しながら評価を組み立てています。本コラムでは、その考え方を投資家の収支計画にそのまま使える形で整理します。
空室率の想定が価格を動かす仕組み
空室率は純収益の「入口」で効く
収益価格は、直接還元法(1年分の純収益を還元利回りで割る手法)では次の式で求めます。
収益価格=純収益÷還元利回り
純収益(NCF=Net Cash Flow。有効総収益から運営費用と資本的支出を差し引いた額)は、満室想定賃料収入から空室等損失を引くところから計算が始まります。管理費や固定資産税の多くは空室が増えても減りません。そのため、空室で失った収入はほぼそのまま純収益の減少になり、さらに還元利回りで割られて価格に拡大されます。
1単位の変化は「÷還元利回り」で拡大される
還元利回りが5.5%なら、純収益が1万円減ると価格は1÷0.055=約18.2万円下がります。満室想定賃料収入1,200万円の物件で空室率を1ポイント上げると、収入は12万円減り、価格は12万円×18.2=約218万円下がる計算です。還元利回りが低い(価格が高い)物件ほど、この拡大率は大きくなります。4%の物件なら25倍です。
直接還元法の構造そのものについては直接還元法とDCF法は何が違うのか。還元利回りと割引率の関係を数値例で整理するで詳しく解説しています。
収益還元法の感応度を3変数で試算する
想定されるケースの前提条件
地方中核都市の重量鉄骨造1棟マンション、総戸数20戸を想定します。基準となる前提は次のとおりです。
| 項目 | 基準の前提 | 備考 |
|---|---|---|
| 満室想定賃料収入 | 1,200万円 | 年額 |
| 空室等損失 | 96万円 | 空室率8% |
| その他収入 | 24万円 | 駐車場等 |
| 運営費用(修繕費除く) | 240万円 | 管理費・公租公課・保険等 |
| 修繕費+資本的支出 | 150万円 | 経常修繕60万円+大規模修繕の年平均90万円 |
| 純収益 | 738万円 | 一時金の運用益は省略 |
| 還元利回り | 5.5% | |
| 収益価格 | 1億3,418万円 | 738万円÷5.5% |
資本的支出とは、屋上防水や外壁改修など建物の価値や耐用年数を延ばす支出で、毎年の経常的な修繕費とは区別します。なお、両者の税務上の区分は取扱いが異なりますので、申告にあたっては税理士にご確認ください。
変数1:空室率を動かす
| 空室率の想定 | 純収益 | 収益価格 | 基準との差 |
|---|---|---|---|
| 5% | 774万円 | 1億4,073万円 | +655万円 |
| 8%(基準) | 738万円 | 1億3,418万円 | ― |
| 9% | 726万円 | 1億3,200万円 | ▲218万円 |
| 12% | 690万円 | 1億2,545万円 | ▲873万円 |
「5%で置くか12%で置くか」という、収支計画ではよくある幅の違いだけで、価格は1,500万円以上動きます。
変数2:還元利回りを動かす
| 還元利回り | 純収益 | 収益価格 | 基準との差 |
|---|---|---|---|
| 5.0% | 738万円 | 1億4,760万円 | +1,342万円 |
| 5.5%(基準) | 738万円 | 1億3,418万円 | ― |
| 5.6% | 738万円 | 1億3,179万円 | ▲240万円 |
| 6.0% | 738万円 | 1億2,300万円 | ▲1,118万円 |
還元利回りは分母に入るため、0.1ポイントの差でも価格に直接効きます。出口時点の利回りの置き方は出口の想定利回りは何%で置くべきか。10年後の売却価格を見積もる最終還元利回りの決め方でも扱っています。
変数3:修繕費・資本的支出を動かす
修繕費と資本的支出の合計を年10万円増やすと、純収益は728万円、収益価格は1億3,236万円で▲182万円です。大規模修繕の見込みを年90万円から150万円に見直した場合(年60万円増)は、収益価格は1億2,327万円となり▲1,091万円です。築年が進んだ物件で修繕計画を確認しないまま買うと、この差を丸ごと抱えることになります。
3変数の重さを比べると何が分かるか
「1単位」の重さはほぼ同じ水準
| 動かした前提 | 動かした幅 | 価格への影響 | 基準価格に対する割合 |
|---|---|---|---|
| 空室率 | +1ポイント | ▲218万円 | 約1.6% |
| 還元利回り | +0.1ポイント | ▲240万円 | 約1.8% |
| 修繕費+資本的支出 | +年10万円 | ▲182万円 | 約1.4% |
この物件では、空室率1ポイント≒還元利回り0.1ポイント≒修繕費等 年12万円がほぼ同じ価格インパクトを持ちます。還元利回りの0.1ポイントには神経を使うのに、空室率は「5%か10%か」を大ざっぱに決めてしまう。この非対称が、収支計画の精度を下げる最大の原因だと断言します。
楽観と保守をそろえると4,300万円の差になる
3つの前提を同じ方向にそろえると、差は足し算以上に広がります。
| シナリオ | 空室率 | 還元利回り | 収益価格 |
|---|---|---|---|
| 楽観 | 5% | 5.3% | 1億5,170万円 |
| 基準 | 8% | 5.5% | 1億3,418万円 |
| 保守 | 12% | 5.8% | 1億862万円 |
楽観シナリオは修繕費等を年120万円、保守シナリオは年210万円で置いています。同じ物件、同じ賃料でも、前提の置き方だけで価格は4,300万円以上離れます。価格を決めているのは物件そのものだけではなく、前提の置き方であるという事実が、この表から読み取れます。
同じリスクを分子と分母で二重に数えない
感応度を見るときに鑑定士が特に注意するのは、同じリスクの二重計上です。空室が出やすいエリアの物件は、市場で取引される利回りもすでに高めに形成されています。その利回りを採用したうえで空室率まで過度に高く置くと、同じ「空室リスク」を分子と分母の両方で引くことになり、価格を不当に低く見積もります。
不動産鑑定評価基準(総論第7章)が収益還元法において純収益と還元利回りの求め方をそれぞれ定め、将来の収益の変動予測をどちらで織り込むかを意識させているのは、この整合性を保つためです。楽観の方向でも同じことが起こります。満室に近い空室率を置き、同時に低い利回りを採用すれば、価格は二重に膨らみます。
空室率の想定を根拠のある数字にする方法
入居期間と空室期間から計算する
空室率は勘ではなく、次の式で置くことができます。
空室率=平均空室期間÷(平均入居期間+平均空室期間)
たとえば平均入居期間が4年(48か月)、退去から次の入居までが平均3か月なら、3÷(48+3)=約5.9%です。空室期間が6か月に延びれば約11.1%になります。レントロール(賃貸借条件の一覧表)の契約開始日と、管理会社に確認した直近の退去・募集期間から、この2つの数字は拾えます。レントロールの読み方はレントロールのどこを疑うべきか。列ごとの見方と、想定賃料の差が1棟価格に効く仕組みにまとめました。
統計の空き家率はそのまま使わない
総務省の令和5年住宅・土地統計調査(2023年10月1日現在)では、空き家数は900万2千戸、空き家率は13.8%と過去最高になりました。ただし、この空き家率には別荘や長期不在の住宅なども含まれ、住宅ストック全体に対する割合です。あなたの物件の空室率の想定にそのまま当てはめる数字ではありません。統計はエリアの需給の方向性を見る材料にとどめ、想定そのものは物件の実績から組み立ててください。
空室損と募集費用はセットで見る
空室が増えるときは、収入が減るだけでなく、広告料や原状回復費といった入居者募集費用も増えます。空室率だけを動かして運営費用を固定したままにすると、保守シナリオでも下振れを過小評価します。空室率を上げたシナリオでは、募集費用も連動して上げるのが実務的な置き方です。
まとめ
空室率の想定は、還元利回りと同じ重さで価格を動かす前提です。「なんとなく」で置いてよい項目ではありません。
要点を振り返ります。
- 空室で失った収入はほぼそのまま純収益の減少になり、「÷還元利回り」で価格に拡大される(利回り5.5%なら約18倍)
- 想定ケースでは、空室率1ポイント▲218万円、還元利回り0.1ポイント▲240万円、修繕費等年10万円▲182万円と、各変数の1単位の重さはほぼ同じ水準だった
- 3つの前提を楽観・保守にそろえると、同じ物件の価格差は4,300万円を超えた
- 同じリスクを空室率と還元利回りの両方で二重に数えない。分子と分母の整合性が価格の信頼性を決める
- 空室率は平均入居期間と平均空室期間から計算し、統計の空き家率はエリアの傾向を見る材料にとどめる
これから収益物件の取得を検討される方、保有物件の収支計画を見直したい方は、まず自分の計画で空室率・還元利回り・修繕費をそれぞれ1単位動かしたとき、価格と手残りがどれだけ変わるかを試算してみてください。どの前提に計画が最も敏感かが分かれば、確認すべき資料と交渉すべき論点が見えてきます。
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